新田均のコラムブログです


by nitta_hitoshi
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[祖青]読書室③ 日教組批判の最前線

『祖国と青年』(平成16年1月号)

 松浦光修著『いいかげんにしろ日教組』(PHP研究所/本体千八百円)が、三重県で密かなブームになりつつある。津市、上野市、伊勢市の各書店でベストテン入りし、津市では二位、上野市では十位。伊勢市では、学校を得意先としている書店だったために、先生方の怒りに配慮して、ベストテン入りしている事実を隠したそうだが、三重県教職員組合(三教組)所属の先生方の中にも読者を獲得しつつあり、「表紙が透けない袋に入れて、届けてくれ」と、こっそり注文する教師が出始めている。「密かな」と書いたのは、そういう意味で、表だって読んではいけない本として、売れているらしい。

 こうした現象を捉えてのことだろう。十一月十二日の「産経新聞」三重版が、紙面の約四分の一を割いて、写真入りで、この本が「評判を呼んでいる」と、「日教組批判評判呼ぶ」と題して報じた。このタイトルを眺めながら、私はある光景を感慨深く思い出した。

 平成十一年八月二日、私と松浦氏は、津市にある産経支局をはじめて訪ねた。この時の私たちは、新しい歴史教科書を三重県で広める運動を起こすことを決意していたものの、その最大の障害になるであろう三教組に対しては、自ら批判の最前線に立とうとまで考えていなかった。

 それには、しかるべき人がいるだろう、しかるべき組織があるだろう。それは誰だろうか? 当時、広島では産経新聞が果敢に日教組批判を展開していた。ならば、三重でも産経にやってもらおう。そう考えて、産経支局に、「三教組批判のお願い」にあがったわけである。私たちの虫のいい“お願い”を聞き終わると、当時の支局長はこう答えた。「内にも色々な読者がいますからね。三教組の先生方も含めて・・・」。要するに、教師を敵にするような記事は書けない、と断られたわけだ。

 当然、私の心は怒りで満たされたわけだが、今から思い返してみれば、それは、自ら戦い、危険を背負う覚悟のない者が、他人が代わって戦ってくれないことを怒っていたにすぎなかった。その後も何回か似たような挫折を味わい、ついに私たちは自ら立たざるを得なくなった。その後の経過は、ほぼ本書に述べられている通りである(むろん、まだ公にできない事実や、そのままには書けない経緯も多いが・・・)。そして、今や、「三教組批判」という文字が「三重版」に踊る時勢がやってきた。

 何事も自らの決意と創意工夫からしか始まらない。歴史は、そう自覚した人々によって紡がれてきたのだ。そう悟らせてくれるために、これまでの挫折と成功、失望と喜びがあったのだとしたら、神様とは随分と厳しく、手の込んだ仕掛けを用意してくれる、愛深い存在なのだ、と思う。そして、幾多の試みの中で、何とか私たちが自らの言葉を裏切らずに来れたこと、その深いみ守りに感謝せざるを得ない。本書を精読されるならば、その思いをきっと読者も共有してくださるに違いない。
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by nitta_hitoshi | 2007-06-11 08:34 | 雑誌