新田均のコラムブログです


by nitta_hitoshi
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八木秀次著『明治憲法の思想』(PHP新書)ー気負いなく明治憲法の意義を語るー

[『明日への選択』(平成14年6月号)「選択読書室」]      


「力みもなく、躊躇もなく、実にすっきりとしてさわやかな姿の文章だ。明治憲法について、こういう書き方ができる時代になったんだなぁ」というのが、率直な読後感だった。一昔まえだったら、こんなに気負い無く明治憲法を弁護することなどできなかっただろう。そこには時代の変化が確かにある。しかし、本書の「さわやかさ」のよってきたる所以はそれだけではないだろう。

 著者は、世界の「総アメリカ化」が進む現代において、各国はそれに抗するために国家としてのアイデンティティーを明確にしようと努めているとの時代認識に立ち、日本の国柄についての議論こそ、今日の憲法論議に不可欠だと主張する。ところが、その議論の貴重な参考となるべき明治憲法は、現憲法との対比で不当に貶められたままである。これではならじと、明治憲法の冤罪を濯ぐと同時に、そこから学ぶべきものを探求しようというのが本書の目的のようだ。

 こういった書物に往々にしてみられるのが「贔屓の引き倒し」的な弁護や賞賛であるが、本書にはそれがない。それは、「先行研究に広く目配りする」「著名な文献は丹念に読む」といった、当たり前のようでありながら、実は多くの知識人が疎かにしている基本作業を淡々と実践しているからだ。しかも、多読の論者の著述に多い「要するに何が言いたいのか分からない」といったもどかしさもない。「複雑な事情を知悉した上で、大胆に断定する」という臆病な研究者にはとてもできないことを、これまた飄々と行っている。こんなわけで、本書は明治憲法の勘所を知りたいと願う読者が第一に読むべき入門書となることだろう。

 内容について一言すると、著者が力説したかったことの一つは、憲法の起草に当たった指導者たちがドイツの法学者らから学んだことは、君主権の強化などという小手先のことではなく、「法はその国の歴史に根ざしたものでなければならない」という大原則、心構えだったということらしい。このような伝統文化を尊重する法学思想(歴史法学)は、当時の欧州で流行していた最新の学説であるとともに、英国の思想家バークに由来する、その意味で必ずしもドイツに限定されない普遍性を有する思想でもあったようだ。この歴史法学に依拠して起草された明治憲法は、同時に、世俗国家を目指した正真正銘の立憲主義憲法であったという。そう言い切れる根拠は何か。その憲法が何故いわれのない悪評を浴びせられることになったのか。こういった問いについては、直接本書を手にして読みと解かれることをお薦めする。

 私としては、多様な時事問題への発言の合間に、このような根気のいる学術書を纏められた著者の気力に敬意を表して、この拙い紹介を閉じたいと思う。
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by nitta_hitoshi | 2007-01-15 09:53 | 書評