新田均のコラムブログです


by nitta_hitoshi
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日本創業の原点・神武天皇(10)

(10)神武東征2

こうして、神武天皇は自分と息子のタギシミミノ命だけになってしまわれるわけですが、それでも、志を捨てずに熊野をさらに北上して荒坂津(あらさかのつ)にいかれるわけです。ここで、神武天皇は丹敷戸畔(にしきとべ)という者を征伐しますが、そこに悪神がいて、その毒気で将兵が倒れてしまいます。この時に、熊野の高倉下(たかくらじ)という者の夢に天照大神とタケミカズチノ神が現れて、天皇の軍隊を助けるために、国譲りの時にタケミカズチノ神が用いた剣を与えると告げられます。この剣を高倉下が天皇に献上したところ、天皇も将兵も毒気から解放されて目覚めたと伝えられています。

 次に、神武天皇はこの荒坂津から山を越えて大和に入ろうとされるわけですが、険しい山道で道に迷われてしまいます。その時にも、神武天皇の夢に天照大神が現れるわけです。そして、ヤタガラスという烏を遣わせるからその導きによって山を越えなさい、と告げられます。このヤタガラスに導かれて、大和の菟田(うだ)の下県(しもつあがた)という所へ到着することができました。

 神武天皇は、そこで再び大和の豪族達と戦うことになりますが、その時も夢に天神(おそらく天照大神)が現れて、戦う前にお祭りをしなさいと言われます。きちっとお祭りをすれば必ず戦いに勝つことができる、ということを言われるわけです。そこでその御命令に従ってお祭りをして、八十梟帥(やそたける)ー一人の名前ではなく大和地方にいた豪族たちを言うーと戦ってこれを破る。

 そして八十梟帥を破った後、再び宿敵の長随彦と戦うわけですが、この時もまた勝利することができませんでした。ところが、神武天皇の軍が危うくなった時、氷雨がふって、金の鵄が飛んで来て、神武天皇の持っていた杖の先にとまって光を放ちます。その光によって長随彦の兵は目が眩んで二度と戦う気力が無くなってしまったと『日本書紀』は伝えております。

 ところで、神武天皇に根強く抵抗した長随彦ですが、彼は大和地方を支配する豪族達の首領ではなくて、饒速日(ニギハヤヒノ)命につかえている豪族でした。この饒速日命は、実は天から降ってきた天神でした。それで、長随彦は神武天皇に対して「天神がすでに来ておられるのに、なんでお前が来るのだ。お前は偽物か」ということを問いただす訳です。そこで、神武天皇と饒速日命とが互いに証拠品を見せあって、互いに本物だということを確認するわけです。

 これはどういうことなのかと言いますと、私共の大学の名誉教授である田中卓先生は、高名な古代史学者ですが、その田中先生の説によれば、史実としては九州勢力の大和への侵入は一回だけではなく何回もあったと言うことです。大和に次々と入ってきた九州勢力の最後の中心者が神武天皇だった。ですから、大和に天神がいてもおかしくないし、饒速日命は神武天皇以前に大和に入った九州勢力の首長で、大和の豪族たちと連合政権を作っていたということになるわけです。田中先生の説は、神話や伝承は史実そのものではないが、全くの虚構なのではなく、そこに史実が反映されているという「史実反映史観」です。

 とにかく、大和には饒速日命という天神がいて、国神である長随彦がそれに仕えていた。その饒速日命には神武天皇がこの国を治めるべき人だとわかっていたけれども、自分の部下である長随彦は心がネジ曲っていてとてもそのようなものの道理が分かる人間手ではないことを知っていた。そこで、饒速日命は長随彦を殺して神武天皇に帰順する。この饒速日命の子孫が後の大和朝廷で中心的な豪族となる物部氏です。

 こうして大和を平定した神武天皇は、大和に都を作る宣言をされます。それが「橿原宮造営の詔」で、有名な「八紘を掩いて宇と為さん」という言葉はこの詔の中にあります。この宣言の後、神武天皇はこの土地の神様の娘であるヒメタタライスズヒメノ命を妃に迎えます。今の大阪府茨木市・高槻市を中心とした地域の豪族の娘のようです。そして、この方との間に生まれた皇子が第二代の綏靖天皇です。

 こうした過程を経て、ついに辛酉の年の春正月に橿原宮で天皇の御位につかれました。この年を『日本書紀は』は「天皇元年(すめらみことのはじめのとし)」と書いています。それから、神武天皇の四年二月に、天皇は詔を発して、「大孝を申す」ために鳥見山(とみのやま)で皇祖天神を祀られます。この場合の皇祖天神とはタカミムスビノ神と天照大神だと考えてよいと思います。(つづく)
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by nitta_hitoshi | 2006-12-11 20:54 | 講演