新田均のコラムブログです


by nitta_hitoshi
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語るに落ちた勝田吉太郎氏ー「大学の名誉のために一言」を吟味するー(5)

(平成12年5月中旬稿)


《両者の説明の相違から浮かびあがる問題点》

ここで、勝田氏の説明と、「三重タイムズ」の報道や久保教授の手記との相違から浮かび上がってくる問題を整理してみよう。
 その第一は、いずれの説明が真実なのか、である。しかし、これについては裁判の過程で明らかになるであろうから、ここで結論を急ぐ必要はあるまい。それにしても、久保教授の手記が本当だとすれば、勝田学長は“独裁”と言われかねない教授会運営を行っていることになる。また、「当学園の生徒・学生の募集に悪影響を及ぼし」たとは、どのような事実とデータに基づいた断定なのか。信頼関係を著しく失墜させた「その他関係機関」とは何であり、どのような事実に基づいてそう判断できるのか。これらが懲戒の理由として列記されている以上、大学当局には明快な説明を行う責任があろう。

 さらに、勝田氏の言っていることが事実で、それを根拠に教授会が久保教授を「教員として不適格」と認定したとすれば、何故、大学当局は、その後いとも簡単に久保氏を教授職にもどし、前の辞令を取り消したのだろうか(『正論』六月号[平成12年]拙論参照)。この処置は教授会に諮られ、承認を得たのだろうか。承認を得たとすればその理由は何だったのだろうか。

第二は、同和問題についての言論は如何にあるべきか、ということである。これについては、昭和六十一年の地域改善対策協議会(「地対協」)の「意見具申」が参考になる。「地対協」は、昭和五十九年六月に首相や関係大臣に宛てた「意見具申」の中で同和問題の現状は「同和地区住民の社会的経済的地位の向上を阻む諸要因の解消という目標に次第に近づいてきたといえる」との認識を示した上で、「心理的な面にかかわる分野に問題が残されている」と指摘した。

 さらに「地対協」は、昭和六十一年十二月の「意見具申」の中で、あらためて「新たな差別意識を生む様々な要因が存在している」と指摘し、克服されるべき要因として四点を挙げたが、その第四番目として「同和問題について自由な意見交換ができる環境がないことは、差別意識の解消の促進を妨げている決定的な要因となっていることは否定できない」と述べている。

 第三は、同和問題を含む人権問題について、当事者や関係者が問題ありと感じるような発言や行為が発生した場合、それは如何に処理されるべきか、ということである。これについては、昭和六十二年三月に、総務庁が長官官房地域改善対策室長名で各都道府県知事・各指定都市市長に通知した「地域改善対策啓発推進指針」と題する文書が参考になる。

 この文書の中には、昭和六十一年の意見具申で指摘された四つの課題の克服に関連して、差別事件の処理の在り方が具体的に示されているからだ。それによれば、「差別事件を起こしたと指摘された個人、企業は、法務省設置法により権限を付与された法務省人権擁護局並びに地方法務局の人権擁護(部)課(以下「人権擁護行政機関」という。)の人権侵犯事件調査処理規定(昭和五十九年八月三十一日法務省権調訓第三百八十三号)に基づいた事件処理等に従うことが法の趣旨に忠実である」という。

以上のような同和問題に関する政府の方針を、鈴鹿国際大学当局は知らなかったのだろうか。そうだとすれば、鈴鹿国際大学における同和教育は随分おくれていると言わざるをえない。同和教育に力を注いできたハズの三重県の教育関係者がこのような状態なのは“まことに残念”である。(つづく)
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by nitta_hitoshi | 2006-10-20 07:41 | 不掲載・未発表