新田均のコラムブログです


by nitta_hitoshi
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女系天皇論の非論理性・非歴史性・非倫理性(13)

①言葉のすり替えによって自説を正当化しようとする詐術(3)

記紀の紹介を続けます。

①『日本書紀』の正文では、スサノオの命が天のオシホミミの命を「生」んだ後、天照大神が、その「物実」を「原(たづ)」ぬれば、自分の物なのだから「吾児」だと宣言しています。

②第一書では、「物実」の交換はおこなわれず、スサノオの命は自分がもっていた玉から直接に天のオシホミミの命を「生」み、そこで天照大神がスサノオの命に悪意がないことを理解したと記されています。

③第二書では、スサノオの命が天照大神のもっていた剣から天のオシホミミの命を「化生」したとなっていますが、その後で、天照大神が天のオシホミミの命を吾子だと宣言したという記事はありません。

④第三書の記事はとても興味深いので詳しく紹介します。
まず天照大神がスサノオの命に対して「お前に奸賊之心がないならば、必ず男を生むだろう。男を生んだならば、私の子として天原を治めさせよう」と言います。そして、スサノオの命は自分のもっていた玉からオシホミミの命を生んで「正(まさ)しき哉(かな)、吾勝ちぬ」と宣言して、「勝速日天忍穂耳尊」と名づけます。この結果、天照大神はスサノオの命の「赤心」を知り、約束通り、生まれた男神たちを自分の子として天原を治めさせます。

⑤天石窟神話を記した第三書では、スサノオの命が「自分の心が清ければ男が生まれるので、その男に天上を治めさせてほしい」と提案して、自分の持っていた玉から「正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊」を「生」み、その児らを姉に「奉」っています。

『古事記』では、スサノオの命の息吹から天のオシホミミの命が「成」っています。しかし、天照大神は、後から「生」まれた五男神は、自分の物実(ものざね)によって「成」ったのだから「吾子」だと宣言します。それを受けて、スサノオの命は「私の心が清明だったので、女の子が生まれた。私が勝った」といって大暴れを始めます。

以上の記事から次のことが言えます。

①異伝の中には、物実さえもスサノオの命の持ち物で、まさに天のオシホミミの命を単独で生んだとするものがある。

②異伝の中には、生んだ子供の交換が記されていないものもある。

③異伝の中には、天照大神がスサノオの命の正しさを認めて天のオシホミミの命たちを養子にしたというものさえある。

④さまざまな異伝があるにもかかわらず、天照大神が天のオシホミミの命を生んだとする伝えは、『古事記』の一か所しかない。

⑤その一か所は、天照大神の「吾子」宣言の後で、スサノオの命が「私の心が清明だったので、女の子が生まれた私が勝った」といったと言ったと記されている箇所である。しかし、ここには筋の矛盾があり、それをどのように理解すべきかについては、高森氏の旧説が説得的であると思われるので、後に紹介する。

⑥ 天照大神が天のオシホミミの命を「吾子」「吾児」だと宣言した際に使われている言葉は「成」「原」であって、血縁を表す「生」は使われていない。つまり、「生」むという行為によって発生する直系の血縁関係を、「成」「原」という言葉で否定して、親子関係の転換を試みているのである。
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by nitta_hitoshi | 2012-05-18 22:25 | 女系天皇(主に高森さんへの問い)