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新田均のコラムブログです


by nitta_hitoshi

女系天皇論の非論理性・非歴史性・非倫理性(8)

田中卓氏は「女系天皇公認の歴史的正当性」(『わしズム』30号)の中で、女性天皇が皇婿をむかえても、「皇室には氏が無く、皇室に入られた方は、その時点で同時に氏(甲氏)が消えるのであるから、甲王朝など、生ずる訳がない」(35頁)と述べておられます。

この議論は、所功氏の以下の主張を取り入れたものだと思います。「皇統系譜は、あくまで当代の天皇を中心に繋いでゆくのであるから、従来の男系男帝より男系女帝を経て女系子孫の天皇(男帝か女帝)となっても、皇配(天皇の配偶者)の家系は姻戚にすぎない(しかも元来、“姓”のない皇室に入る際、入夫の姓=苗字は消える)」(『皇位継承のあり方ー“女性・母系天皇”は可能かー』PHP新書、131頁)

 ところで、高森さんは『正論』平成16年7月号で、皇位継承において男系主義が貫かれた大きな要因として、「『姓』の観念がひさしく維持されたこと」(144頁)を挙げています。

「異姓の養子をむかえると、その養子自身は、妻の家名を苗字として名乗るものの、姓は父系によって継承されるため、養子をむかへた家の姓が逆に、その子の代から養子に入った男性の姓に変はつてしまふ。/もし女帝が立つて藤原氏の男性を婿養子にむかへると、皇室そのものが藤原姓になつてしまふのだ。したがって、『姓』の観念を前提としているかぎり、男系の断絶はそのまま皇統の断絶と考へられたはずだ」(同143頁)

 さて、そこで、例によって、学者としての高森さんに質問です。

 ①古代の「姓」の観念にしたがえば、皇婿を迎えると、氏という記号を消したところで、皇統の断絶になるのではありませんか。

 この質問への逃げ道として、明治4年10月の太政官布告によって、公文書における姓の使用が停止されたことを持ち出されると思いますが、それについては、二つの質問に答えてください。
②岡野友彦皇學館大学教授は、この太政官布告は「あくまでも民間に対して出された一法令にすぎない」(『ボイス』平成16年12月号228頁)、要するに、もともと姓のない皇室には無関係な法令だ、言われています。この批判にどう答えられますか。
③少なくとも、明治四年以前の観念では皇婿は認められない、と考えてよろしいでしょうか。

④聖武天皇の皇后であった光明子は、自筆の『楽毅論』に「藤三娘」と署名し、「積善藤家」という印を使用しています。「藤三娘」とは、藤原不比等との三女という意味であり、「積善藤家」は藤原氏の繁栄を願ったものであると言われています。そうなると、光明子は皇室に入られて、姓が消えてからも、自分が藤原一族であることを強く意識していたことになります。つまり、姓が消えても、姓の観念は消えない、そう理解してよろしいでしょうか。
by nitta_hitoshi | 2012-05-10 20:48 | 女系天皇(主に高森さんへの問い)