新田均のコラムブログです


by nitta_hitoshi
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小林よしのり氏“公認”「ゴーマニスト」宣言(127)

 「権威に媚びリスト」「大家に頼リスト」になってしまった小林よしのりさんは、田中卓先生の権威に目が眩んで、その言葉を検証しようとする姿勢が皆無です。そのために、田中先生の言葉に含まれている矛盾に全く気付いていません。

 たとえば、田中先生は、「『神皇正統記』は〈直系〉を重んじた」という小林さんの主張に対して、「あんたの書いたので、別に言うことないです。あれでいいんです」と述べた後で「『神皇正統記』の立場は、第14代・仲哀天皇のところに書いてあるように、親子関係で継いでいくのが正しいが、そうもいかん場合もあるというものです」(『サピオ』11月24日号64頁)と言われていまが、ここで語られている大いなる矛盾に、彼は全然気付いていません。

 「親子関係で継いでいく」(=「直系継承」)が「正しい」が「そうもいかん場合もある」ということは、直系継承を正統と考えた場合には、仲哀天皇は正統とは見なせないということです。たしかに、そうでしょう。仲哀天皇は前天皇の成務天皇の子ではなく、成務天皇の兄である日本武尊の子ですから、親子で継いでいくという〈直系〉原則に立てば、既に13代にして正統の皇統は断絶したことになってしまいます。

 そんなことを親房が主張するはずがありません。事実、彼は「一種姓(いっしゅせい)の中にをきてもをのづから傍(かたわら)より伝(つたえ)給(たまい)しすら猶(なお)正にかへる道ありてぞたもちましましける」と言っています。何故、傍系に移っても正統に帰る道があったのでしょうか。単なる「直系」重視では無理です。単なる「直系」原則なら、一旦傍系に移れば、そこでお仕舞いで、もはや正統ではありません。それなのに正統に帰ることができるのは「直系」よりも上の原則として「男系」があったからです。男系を原則とするからこそ、絶えた直系を傍系とし、続いている傍系を新しい直系として繋いでいくことができる、すなわち、正統に帰ることが可能になるわけです。

 このような親房の論理を理解することなく、「親子関係で継いでいくのが正しいが、そうもいかん場合もあるというものです」という田中先生の発言は、山田孝雄氏の発言と同じで、正統記は本当は正統記になっていないと言ってるのに等しいわけです。

 繰り返しますが、中世の専門家ではない田中先生が親房の思想を正確に知っておられなくても、それは仕方のないことです。しかし、私的会話の内容を公開するのであれば、それを公開する者には検証する責任があると思います。

○前回の続き

 『国民新聞』10月25日号の「わしは『万策尽きれば女系も認める』という穏健的な男系論者の方々には敵意を感じてはいません。わし自身、以前はその意見だったからです。そしてなぜわしが転向したかというと、いろいろ調べてみて『もう万策は尽きている』と分かったからです。」との小林さんの発言は、何度も言いますが、驚くべき発言です。

 彼自身が「女系天皇容認」に「転向」した真の理由は「もう万策は尽きている」と思ったからだと告白しているわけですから、彼がこれまで唱えてきた女系天皇を正当化するために唱えてきた言説はすべて、「やけっぱち」から生まれた「屁理屈」(スカンク理論?)だったということになります。

 ということは、彼が『サピオ』平成22年5月12日号で、昭和天皇の御意志を持ち出して女系容認を主張したり、福岡伸一氏の著書を持ち出してY染色体論を否定したりしたのは、「やけっぱち」から生まれた「屁理屈」(スカンク理論?)だったことになります。

 彼が『サピオ』平成22年5月26日号で、皇室典範に関する政府見解についての百地章氏の解説を批判したのも、「やけっぱち」から生まれた「屁理屈」(スカンク理論?)だったことになります。
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by nitta_hitoshi | 2010-11-15 08:42 | 小林よしのりさん批判