小林よしのり氏“公認”「ゴーマニスト」宣言(63)
2010年 07月 23日
ゴーマニスト「降格」準則
30.「公」「私」の区別がつかなくなったら降格!
シナ男系絶対主義=クレムリン小林さんは、『WiLL』で描いていることについて、こんなことを言っています。
「いかにもわしは美智子皇后をバッシングした『週刊文春』を批判した。その時の編集長が花田氏だというのも知っているが平然と批判した。だが、それでも花田氏は平然と「WiLL」で、わしにインタビューを申し込んでくる。それは単なる「無原則」ではない。「顰蹙を買う覚悟の商魂」だ! 幻冬社の見城社長もこれがある。わしは「少年ジャンプ」出身だから、こういう編集者が好きなのだ。売れる本を作る者、プロフェッショナルが、わしは好き!」
「批判したワシに仕事をくれる心の広い編集者が大好きだ」という趣旨のようですが、皇族に対するバッシングの是非という公の問題を、自分の好き嫌い、本が売れるか売れないかと言うような私的な問題にすり替えていいのでしょうか。なにごとも「平然と」すれば許されるのでしょうか。『修身論』の観点からは、どう説明できるのでしょうか。
○単なる「つぶやき」
今日『旧譜皇統譜』が到着しました。面白い資料です。やっぱり、小林さんは資料全体を見ていなかったようですね。「決定的な資料を見せよう」「この皇統譜は、明治天皇の勅裁によるものであり、学者・評論家の[もちろん、漫画家もー引用者注]議論の余地などない!」(『サピオ』平成22年7月14日号62頁)と言ってしまったことを徹底的に後悔することになると思います。
「新田は専門外の神話で一知半解の解釈をひけらかしているうちに、自分の専門分野までも完全に破綻させてしまった!」(同62頁)と、小林さんは言われましたが、この文章は次のように書き換えられることになるでしょう。
「小林さんは専門外の皇統譜について一知半解の解釈をひけらかしているうちに、自分の皇統に関する主張までも完全に破綻させてしまった!」
30.「公」「私」の区別がつかなくなったら降格!
シナ男系絶対主義=クレムリン小林さんは、『WiLL』で描いていることについて、こんなことを言っています。
「いかにもわしは美智子皇后をバッシングした『週刊文春』を批判した。その時の編集長が花田氏だというのも知っているが平然と批判した。だが、それでも花田氏は平然と「WiLL」で、わしにインタビューを申し込んでくる。それは単なる「無原則」ではない。「顰蹙を買う覚悟の商魂」だ! 幻冬社の見城社長もこれがある。わしは「少年ジャンプ」出身だから、こういう編集者が好きなのだ。売れる本を作る者、プロフェッショナルが、わしは好き!」
「批判したワシに仕事をくれる心の広い編集者が大好きだ」という趣旨のようですが、皇族に対するバッシングの是非という公の問題を、自分の好き嫌い、本が売れるか売れないかと言うような私的な問題にすり替えていいのでしょうか。なにごとも「平然と」すれば許されるのでしょうか。『修身論』の観点からは、どう説明できるのでしょうか。
○単なる「つぶやき」
今日『旧譜皇統譜』が到着しました。面白い資料です。やっぱり、小林さんは資料全体を見ていなかったようですね。「決定的な資料を見せよう」「この皇統譜は、明治天皇の勅裁によるものであり、学者・評論家の[もちろん、漫画家もー引用者注]議論の余地などない!」(『サピオ』平成22年7月14日号62頁)と言ってしまったことを徹底的に後悔することになると思います。
「新田は専門外の神話で一知半解の解釈をひけらかしているうちに、自分の専門分野までも完全に破綻させてしまった!」(同62頁)と、小林さんは言われましたが、この文章は次のように書き換えられることになるでしょう。
「小林さんは専門外の皇統譜について一知半解の解釈をひけらかしているうちに、自分の皇統に関する主張までも完全に破綻させてしまった!」
by nitta_hitoshi
| 2010-07-23 20:26
| 小林よしのりさん批判