新田均のコラムブログです


by nitta_hitoshi
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小林よしのり氏“公認”「ゴーマニスト」宣言(14)

ゴーマニスト「降格」準則

5.読者をナメたら降格!

 チャンネル桜の討論で、私が「小林さんが『神武天皇からつながっているんでよ、スゴイね~っ!』て描けば、みんな納得するかもしれませんよ。『600年を超えて継承されるじゃないか、こんなこと世界にあるのか!』みたいに描けば、『ゴー宣』で。」と言ったといって、小林さんはえらくご立腹の様子です(『サピオ』平成22年6月9日号62頁)。

 あの発言は、旧宮家系男子の方々の存在をUFOに例える非常識さにあきれて、思わず「ほざいてしまった」皮肉なのですが、どうやら痛いところを突いてしまったようです。私の悪いクセで、反射的に他人の触れられたくところに触ってしまい、激怒させてしまうのです。

 ただ、映像に残っているかどうか分かりませんが、あの瞬間の小林さんは、まんざらでもなさそうな顔をしていた、という印象があります。少なくもと、怒ってはいなかった。むしろ、一瞬、「それも、そうかな」と心が動いたように私には見えました。

 ところが、すぐに男系否定の議論にもどってしまった。その時は、「どうしてだろう?」と不思議思ったのですが、どうやら、あの討論に出てきた時は、すでに伏見宮家批判を『サピオ』に入稿ずみで、もう後戻りできなかったのだと思います(『サピオ』平成22年3月31日号に掲載)。

 したがって、「『ゴー宣』の読者をナメてるのか!?」という怒りは、“後付けのポーズ”だと「推測」します。

 小林さんは「どんな馬鹿げたことでも、わしが描けば、右でも左でも洗脳できると思ってるのか!?」(6月9日号62頁)と叫んでおられますが、この言葉を「有識者会議の報告書の否定でも賛美でも、わしが描けば側室肯定でも否定でも洗脳できると思ってるのか!?」と入れ替えたら、どうなるでしょうか。

 平成17年の『挑戦的平和論・下巻』では、「有識者会議」を「無識者会議」と呼び、そこに集った人々を「呆れてモノも言えない」「非常識にもほどがある」「正気の沙汰とは到底、思えない」と非難しておきながら、今や「報告書は正しい」と180度と解釈を変えました。そのことについて、読者への説明も、非難の対象とした人々への謝罪もありません。

 吉川弘之座長の「私たちは歴史観や国家観で案を作ったのではない」との発言に対して、「『歴史観・国家観ぬきで』皇室を考えたとは、非常識にもほどがある」と言ったのは「よしりん」ですよね。それが、どうして、「ほお・・・大したものだ。これは相当専門的な知識のある人間でなければ書けない内容だ」(『サピオ』平成21年12月16日号68頁)、「報告書はあくまで伝統を尊重し、男系絶対主義者の主張も含めたあらゆる選択肢を考慮した上で、最善の選択として結論を出した立派なものだ」(同69頁)という認識に変わったのか、きっちりと説明してほしいですね。

 もしかして、平成17年の時は報告書を読んでなかった? 「彼らは本当に有識者会議の報告書を読んだのだろうか? いや、絶対に読んでないはずだ!」(12月16日号68頁)っていうのは、昔の自分のこと? 読みもしないで、「無識者」「呆れてモノも言えない」「非常識にもほどがある」「正気の沙汰とは到底、思えない」なんて罵倒したの? それってヤバくない? 今も同じ事してない?

 「ともとも天皇制と民主主義は相容れないものなのであり、この提案[側室の復活]も真剣に選択肢に入れて然るべきである」と主張しておきながら、今や側室復活を口にする人々を「呆れた連中」「究極の嘘つき」「自己欺瞞に満ちた連中」(『サピオ』平成22年5月12日号63頁)と口を極めて罵れるのは何故なのでしょうか。 

「わしは人を『洗脳』はできない!」「読者の本来持っている常識に、自信を与えることしかできない!」「読者を非常識に『洗脳』することはできないのだ!」(6月9日号62頁)と絶叫されていますが、あの当時は、常識をもたない、非常識に洗脳できる人々を対象に描いていたのでしょうか。天皇制と民主主義とは相容れないという主張はどうなったのでしょうか。『ゴー宣』を読み続けている一読者として、是非、御説明願いたいと思います。

「マンガだから根拠無く他人を罵倒しても許される。マンガ家だから考えに一貫性は必要ない。」 そんな甘ったれた、情けない考えをお持ちだとは信じたくありません。

 小林さんは、零細企業の社長として、日々の生業に大変だとのことです(『WiLL』平成22年7月号192頁)。「わしは常に20万の読者の外に向かって走る。ついてこれる者だけついて来ればいい」(6月9日号69頁)のだそうですが、古くからの読者も大切にしないと、20万の読者を維持することは難しく、生業にも差し障りが出るのではないかと心配です。最後まで、読み続け、買い続けるのは私だけ。そんな状態は悲しすぎます。

 今回は、残念で、情けなくて、「ご~まんかませません・・・・・(涙)」
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by nitta_hitoshi | 2010-05-29 07:06 | 小林よしのりさん批判