新田均のコラムブログです


by nitta_hitoshi
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儀礼論の観点から見て、文久三年の将軍家茂の上洛こそ、天皇を中心とした新たな権力関係を形成する上で決定的な出来事だったというのである。
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# by nitta_hitoshi | 2013-02-21 04:09 | 英訳原文
「儀礼論的観点から幕末の政治史にせまると、きわめて重要な意味をもってくるのは、文久三年(一八六三)という年である。それは従来の研究がもっぱら注目してきた八・一八政変ゆえでなく、家茂将軍の未曾有の上洛、そして上洛した将軍が御所内で孝明天皇に拝謁したためだと主張する。将軍が江戸城をあとにし、京都に向かったことは、参勤交代に事実上の終止符を打ち、近世的な権力関係を崩壊させる発端となった。その後、有力藩主が京都に集まり、天皇に拝謁することによって、新たな権力関係が形成されていく。ほとんど研究されていないこの画期的な将軍上洛は、全く新しい、(過渡的な)政体を出現させたことをここで主張する。」(一六ー一七頁)。
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# by nitta_hitoshi | 2013-02-20 00:19 | 英訳原文
 彼は、『儀礼と権力』の第一章「孝明政権論ー将軍の上洛と国家儀礼の再編成」において、次のように述べている。
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# by nitta_hitoshi | 2013-02-18 00:55 | 英訳原文
三、福地源一郎の「言葉」の隠蔽

 ブリーン教授は、「自分の結論とは齟齬するような理論や事例に正面から取り組むことを避けて、つまみ食い的に用いたり、隠したり、無視したり」すると述べたが、それを具体的に示しているのが、福地源一郎著『幕府衰亡論』からの引用の仕方である(以下、引用文中の傍線は引用者)。
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# by nitta_hitoshi | 2013-02-17 01:51 | 英訳原文
適用するとすれば、何故、どのようにしてそれが可能なのか。それを、ブリーン教授自身が説明し、証明しなければならない。ところが、彼はその説明責任・証明責任を回避して、フランスの戦争体験とトラウマ、それを抑圧する戦争博物館という架空の論文内容を作り上げ、それによってサントナー氏の概念が靖国神社に直接そのまま適用できるかのように見せかけてしまっているのである。
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# by nitta_hitoshi | 2013-02-15 21:18 | 英訳原文
 私が問題に思うのは、サントナー氏の論文内容が創作されているという事実だけではない。もう一つ問題なのは、その創作が、読者に対して重大な論点を隠し、それによって自らは困難な論証を回避できるように仕組まれていることである。サントナー氏の「語りのフェティシズム」は、ホロコーストという他民族抹殺の企てから生まれたトラウマについての概念である。それを、いくら凄惨だったとはいえ、「戦争記憶」に直ちに適用することはできまい。
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# by nitta_hitoshi | 2013-02-13 19:14 | 英訳原文
ここまでいくと、勘違いではなく、明らかに意図的な創作なのだと理解せざるをえない。
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# by nitta_hitoshi | 2013-02-11 22:39 | 英訳原文
この指摘に対して、彼は[新田教授は]サントナー氏が展開した議論そのものにも背を向ける」と反論し、「サントナーはヨーロッパの戦後の戦争博物館、慰霊施設を調査し、そうした施設による戦争の語りについて刺激的な論考を書いた。結論的には、戦争の語り方は敗北、占領などのトラウマと密接に繋がるものだというのである」(『神道フォーラム』同号同頁)と繰り返した。
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# by nitta_hitoshi | 2013-02-10 23:08 | 英訳原文
 その上、私が『神道フォーラム』紙上で、はじめてこの間違いを指摘した時には、それを否定した。
「ウィキペディアによれば、エリック・サントナーはアメリカ人学者で、シカゴ大学ドイツ研究学部で近代ドイツ研究を担当する教授である。彼の著作は文学、精神分析、宗教、哲学にわたり、ドイツの詩、戦後ドイツ、ホロコーストを扱っている。著者が言及し、引用もしている「History beyond the pleasure principleという題の論文を書いているのは事実だが、この論文を載せている論文集の副題が『Nazism and “the Final Solution”』であることからも推測できるように、その主題は「ホロコースト以後におけるドイツの国家的・文化的アイデンティティ形成の取り組みとジレンマ」(原書p145)であり、フランスの博物館への言及はまったくない。」(通巻四三号七頁、平成24年1月15日)
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# by nitta_hitoshi | 2013-02-09 23:44 | 英訳原文
 ブリーン教授がサントナー氏の論文に言及するのは、私が知る限りでも、『儀礼と権力』で4度目である。平成一八年九月の「靖国ー記憶の形成と喪失」(『世界』七五六号)。平成一九年の「Yasukuni and the Loss of Historical Memory」(『Yasukuni; the war dead and the Struggle for Japan’s Past 』Hurst)。平成一九年から二三年の間に書かれたと思われる「太平洋のトラウマ:靖国神社による戦争語りのフェティシズム」(オンライン上に東健太郎氏の訳あり)。自らが依拠する主要論文の内容が間違っているなどということは一度でも考えられないことだが、それが四度、五年間にわたって続けられてきた。
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# by nitta_hitoshi | 2013-02-08 23:02 | 英訳原文