新田均のコラムブログです


by nitta_hitoshi
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客観性と公平性を重んじるならば、福地の言っていることをそのまま読者に伝えた上で、それでもなお、何故、文久三年の上洛が決定的なのかを自分の言葉で説明しなければならない。隠蔽は証明ではなくて詐術だからである。
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by nitta_hitoshi | 2013-07-15 09:06 | 英訳原文
 福地は文久二年をもっとも重視して、幕府が勅命にしたがったことが決定的だったと主張しているのである。ところが、ブリーン教授は、この部分を隠して、福地にとって波及的・二義的に過ぎない翌年の将軍上洛を、彼がもっとも重視していたかのよう見せかけてしまっているのである。
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by nitta_hitoshi | 2013-07-13 10:03 | 英訳原文
「余は、徳川氏の幕府が天下を失いたるは、第十五世慶喜公の大政返上の時にあらずして、第十四世家茂公が文久二年の勅答の時にありしと云うものなり。ここにおいてか、幕府の衰亡は大いに長足を以てその気運を進めたり。」(一三八頁)
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by nitta_hitoshi | 2013-07-13 09:36 | 英訳原文