新田均のコラムブログです


by nitta_hitoshi
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 これを読んだ者は、当時幕府の通弁を務め、後に『幕府衰亡論』を書いた福地源一郎は、将軍の上洛こそ、天皇と将軍と諸侯との権力関係の再編にとって決定的だったと主張していたのだと思うことだろう。
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by nitta_hitoshi | 2013-02-26 00:03 | 英訳原文
「この二百三十年ぶりの上洛は、幕府にとってどう評価すべきかについて福地源一郎の言葉を借りてみる。それは『幕府衰亡の上洛』『降伏の上洛』『示弱の上洛』で、『往時は上洛を以て幕府の名実を益々鞏固ならしめ、今日は上洛を以て名実を併せ失うにいたれるも、また宜なるかな』と結論づけるのであった」(六六頁)。
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by nitta_hitoshi | 2013-02-24 00:08 | 英訳原文
 この主張を証明するために、本章ではさまざまな根拠を挙げているが、その中心は、福地源一郎の言葉という歴史史料と、エドワード・シルスの「センター論」という理論である。
 ブリーン教授は、福地源一郎の言葉を次のように紹介している。
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by nitta_hitoshi | 2013-02-23 00:05 | 英訳原文
 この章は、武田秀章著『維新期天皇祭祀の研究』に対するブリーン教授の書評(『神道宗教』第一八四・一八五号、平成一四年三月)で彼が主張したことを発展させたものである。先の書評において彼は、儀礼は「権力関係を上演するだけでなく、それらを形成し、生産する最大の契機である」(一二五頁)といい、「十四代将軍家茂が文久三年三月七日に参内し、天皇に拝謁して、天盃式にあずかった」謁見儀礼を「画期的」と評価し、「天皇と将軍と諸侯との権力関係がここで抜本的に再編されたことは明らか」(一二五頁)だと述べていた。
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by nitta_hitoshi | 2013-02-22 00:23 | 英訳原文
儀礼論の観点から見て、文久三年の将軍家茂の上洛こそ、天皇を中心とした新たな権力関係を形成する上で決定的な出来事だったというのである。
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by nitta_hitoshi | 2013-02-21 04:09 | 英訳原文
「儀礼論的観点から幕末の政治史にせまると、きわめて重要な意味をもってくるのは、文久三年(一八六三)という年である。それは従来の研究がもっぱら注目してきた八・一八政変ゆえでなく、家茂将軍の未曾有の上洛、そして上洛した将軍が御所内で孝明天皇に拝謁したためだと主張する。将軍が江戸城をあとにし、京都に向かったことは、参勤交代に事実上の終止符を打ち、近世的な権力関係を崩壊させる発端となった。その後、有力藩主が京都に集まり、天皇に拝謁することによって、新たな権力関係が形成されていく。ほとんど研究されていないこの画期的な将軍上洛は、全く新しい、(過渡的な)政体を出現させたことをここで主張する。」(一六ー一七頁)。
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by nitta_hitoshi | 2013-02-20 00:19 | 英訳原文
 彼は、『儀礼と権力』の第一章「孝明政権論ー将軍の上洛と国家儀礼の再編成」において、次のように述べている。
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by nitta_hitoshi | 2013-02-18 00:55 | 英訳原文
三、福地源一郎の「言葉」の隠蔽

 ブリーン教授は、「自分の結論とは齟齬するような理論や事例に正面から取り組むことを避けて、つまみ食い的に用いたり、隠したり、無視したり」すると述べたが、それを具体的に示しているのが、福地源一郎著『幕府衰亡論』からの引用の仕方である(以下、引用文中の傍線は引用者)。
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by nitta_hitoshi | 2013-02-17 01:51 | 英訳原文
適用するとすれば、何故、どのようにしてそれが可能なのか。それを、ブリーン教授自身が説明し、証明しなければならない。ところが、彼はその説明責任・証明責任を回避して、フランスの戦争体験とトラウマ、それを抑圧する戦争博物館という架空の論文内容を作り上げ、それによってサントナー氏の概念が靖国神社に直接そのまま適用できるかのように見せかけてしまっているのである。
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by nitta_hitoshi | 2013-02-15 21:18 | 英訳原文
 私が問題に思うのは、サントナー氏の論文内容が創作されているという事実だけではない。もう一つ問題なのは、その創作が、読者に対して重大な論点を隠し、それによって自らは困難な論証を回避できるように仕組まれていることである。サントナー氏の「語りのフェティシズム」は、ホロコーストという他民族抹殺の企てから生まれたトラウマについての概念である。それを、いくら凄惨だったとはいえ、「戦争記憶」に直ちに適用することはできまい。
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by nitta_hitoshi | 2013-02-13 19:14 | 英訳原文