新田均のコラムブログです


by nitta_hitoshi
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お知らせ

明日、チャンネル桜の収録に行きます。対象は『サピオ』9月29日号です。
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by nitta_hitoshi | 2010-09-26 19:31 | お知らせ
 前回のブログを読んでいただければ、「天照大神は女性なのだから女系天皇があらわれてもかまわない」という主張に対して、今年の1月までに、どこまで議論が進んでいたのか、御理解いただけたと思います。

 ということは、小林さんが『サピオ』4月21号66頁で「『天皇論』のこの一言は、彼らの主張にとっては致命傷にもなりかねない」と書いたのが、如何に頓珍漢な物言いだったかということもお分かりいただけたと思います。

 私は致命傷になりかねないから反論したのではなく、すでにどんな批判を受けているのかも知らないで旧説を振り回している人がいたので、その不見識を指摘したにすぎません。

 小林さんは『サピオ』平成21年11月25日号57頁欄外で「男系絶対主義は100%間違っているから、これから毎回証明していこう」「わしをなめてもらっては困る。全部読んでいる。男系絶対派も女系・双系容認派の論文や本も全部入手している」と書いていましたが、これは単なるハッタリで、本当は、議論の展開の筋道を殆ど理解してしなかったようです。
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by nitta_hitoshi | 2010-09-25 20:37
 田中卓氏の主張は「歴史的には、皇祖神の天照大神が『吾が子孫の王たるべき地』と神勅されている通り、“天照大神を母系とする子孫”であれば、男でも女でも、皇位につかけて何の不都合もないのである」(『諸君!』平成18年3月号64頁)というものでした。

 これに対して、私は次のように問いました。
「田中氏の主張にもかかわらず、神武天皇以来の皇位は一二五代一貫して男系によって受け継がれてきた、ということです。原理的には女系でも、双系でもかまわなかったのだとしたら、何故そのような実例が一つもないのか。これこそ、歴史家としての田中氏が責任をもって答えねばならない最重要事項でしょう」(『諸君!』平成18年4月号59-60頁)

 田中氏の答えは次のようなものでした。
シナ古代の一般的な男尊女卑(仁井田陞博士の大著『支那身分法史』等参照)がもたらした、典型的な家系継承の“習慣”に過ぎないのではないか」(「“女系天皇”の是非は君子の論争で」『諸君!』平成18年5月号207頁)

 この応答に対して、私は次のように問い返しました。
「わが国では天照大神の天壌無窮の神勅が歴史を動かし、歴史が神勅を実証する」(田中前掲論文205頁)と田中氏は言われている。とすれば、「一方で、女系を公認する国体原理に反して好ましからざるシナ古代の遺風が皇室において連綿として続いてきた事実を認めながら、他方で『歴史が神勅を実証する』などと言えるものでしょうか」(『神社新報』平成18年4月24日号)

 私はさらにこうも問いました。
「古代人もそのような意味で解釈[皇祖天照大神は女性なのだから、天皇は本来女系だったと考えられる]していたのだとしたら、どうして、歴代天皇は一貫して男系で継承されてきたのだろうか。何故、直系の男子が絶えた際に、かなりの無理をしてまで遠い傍系の男子を求める努力がなされたのだろうか。これでは、神話の尊重どころか、皇統・皇位に関わる最重要の神話を一貫して、時には強引に無視ないし否定してきたことになってしまう」(『国民新聞』平成22年1月25日号)

 管見の限りでは、その後、この問いに対する田中氏の応答はなく、議論はここで止まっています。
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by nitta_hitoshi | 2010-09-24 22:30 | 小林よしのりさん批判
『サピオ』4月21号で小林さんは、自分が『天皇論』で「元々、天照大神は女性神である。ならば日本の天皇は女系だったと考えることもできる!」と書いたことを取り上げて、「『天皇論』のこの一言は、彼ら[男系維持優先論者]の主張にとっては致命傷にならかねない」(66頁)と述べています。

 その後、小林さんは、この議論があたかも自分のオリジナルな考えであるかのように言い募っていきます。典型的なのは『サピオ』6月23日号68頁で、この問題に櫻井よしこ氏が答える場面で、「来た!来た!どうせなら『小林よしのりが『天皇論』で描いた』と言ってほしいな」と書いています。

 しかし、この議論は、田中卓氏が「女系天皇で問題ありません」(『諸君!』平成18年3月号)で既に書いていたことで、小林さんの議論はその借用にすぎません。
「天照大神は、いうまでもなく皇室の御祖神であり、女神である」(55頁)
「日本国体の原理も、皇室の祖神も、天照大神という“女神”にもとづいている」(57頁)
「歴史的には、皇祖神の天照大神が『吾が子孫の王たるべき地』と神勅されている通り、“天照大神を母系とする子孫”であれば、男でも女でも、皇位につかけて何の不都合もないのである」(64頁)

 自分と考えが同じかどうかに関係なく、「二番煎じ」をオリジナルに見せかけるような書きぶりには、嫌悪感を覚えます。
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by nitta_hitoshi | 2010-09-21 12:52 | 小林よしのりさん批判
 私と小林さんとの直接対決は『サピオ』4月21日号で、彼が「ついに神話を否定した男系主義者」を書いて、私を名指しで批判したことにはじまりす。
 しかし、私が行ったのは「神話否定」ではなく、高森説に依拠して、小林さんとは「異なる神話解釈」を提起しただけです。自分とは異なる神話解釈を指して、神話否定と決めつけたあの時から、小林さんの歪みははじまっていたのでしょう。
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by nitta_hitoshi | 2010-09-18 22:00 | 小林よしのりさん批判
 『サピオ』4月21日号59頁で、小林さんは、チャンネル桜の水島社長が「恋闕」を読み間違えたことを取り上げて、「『恋闕』を『れんびん』と読む奴だから、話にならん!」と批判しました。ところが、自分自身が『サピオ』6月23日号65頁で「天智天皇」を女性に描くという「話にならん!」ことをしてしまいました。
 驕れる者も久しからず木から落ちる、ということでしょうか?
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by nitta_hitoshi | 2010-09-17 22:26 | 小林よしのりさん批判
『サピオ』3月31日号で小林さんは、浅見雅男著『闘う皇族』(274ー284頁)に基づいて「皇族降下準則」の制定に対して、皇族の批判が強かったことを書いています。
「皇族の反対が強いため、皇族会議では意見を聞くだけで、採決は行われないことになった」(『サピオ』61頁)
「やはり会議は紛糾した。中には『皇統断絶の懸念』を訴える声もあった」「結局、皇族たちは不同意のまま、採択を行わずに『皇族降下準則』の制定がきまった」(同62頁)

 他人の作品を引き移しただけだったためか、この重大な記述を小林さんはすっかり忘れてしまったようです。
 『サピオ』9月8日号58頁で、GHQによる11宮家の臣下降下がなくても、宮家の廃絶につながる「皇族降下準則」の適用が皇族会議であっさり認められただろうなどという趣旨のことを書けてしまうのはそのためでしょう。
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by nitta_hitoshi | 2010-09-16 22:52 | 小林よしのりさん批判
 小林さんは『サピオ』3月31日号63頁欄外で「今の時点ですでに女系容認派が男系絶対派を圧倒し始めている。国語力を持つ者たちよ、陛下に御恩返しをするのだ!」と書いていました。これは本当だったのでしょうか。今はどうなのでしょう。

 私としては、国語力に加えて、調査能力と批判力のある方々に、小林さんの作品と私の言説とをよく比較検討していただきたいと思っています。

○ちょっと補足
 『サピオ』3月31日号での伏見宮批判は、すでにネットなどで指摘されていることですが、浅見雅男著『闘う皇族』(角川選書)が種本のようです。どちらも、貞明皇后が「眉ひとつ動かさずに」、「これでいいのです。明治維新この方、政策的に宮さまは少し良すぎました」と仰ったという記述が最後に来ているのを見れば一目瞭然です。
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by nitta_hitoshi | 2010-09-15 22:57 | 小林よしのりさん批判
 小林さんは、『サピオ』3月31日号で「昭和22年(1947)年に皇族を離れ、民間人となった11宮家は全て、600年以上前の南北朝時代に創設された『伏見宮』の系統である」(56頁)、「600年も遡っていいのなら、800年だっていいだろう。源氏の子孫だって、平氏、橘氏の子孫だっていいだろう」(57頁)と書いています。

 ところが、その600年間の内、GHQによって強制的に臣籍降下させられるまでの537年間、旧宮家は「親王家」として皇位継承権を認められていました。なぜ彼はこの事実を意図的に無視するのでしょうか。

 小林さん自らは、1292年も前に作られ、一度も適用されなかった「養老継嗣令」の「女帝の子もまた同じ」という「注」を根拠にして女系天皇を正当化しようとしています。この「養老継嗣令」は最も遅く考えても、明治22〈1889〉年の「皇室典範」によって廃止されました。つまり、どんなに遅く見ても121年前には失効しているのです。その規定を持ち出して、歴史上一度も例のない女系天皇を正当化しようとするのは、それこそ「ムチャクチャ不自然」ではないでしょうか。
 その小林さんに、たった63年前まで、成立から537年間も、名実とともに皇位継承権を有していた旧宮家の方々の皇籍取得を批判する資格があるのでしょうか。

○単なる「つぶやき」
 最近の彼の政治家への摺り寄りを見ると、「孤高のゴーマニスト」から「一人ぼっちのよしりん」へ、という感じがします。必死で仲間を捜している姿は痛々しくさえ感じられます。
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by nitta_hitoshi | 2010-09-14 22:19 | 小林よしのりさん批判
 『サピオ』9月29日号の目玉は、井上毅の女帝否定論の源流は島田三郎の「男尊女卑」の感情論だったとの主張です。ここには最近の小林さんの堕落を象徴する隠蔽と歪曲が潜んでいます。これについては、次回のチャンネル桜できっちりと明らかにします。

○ちょっと補足
 小林さんは『サピオ』9月8日号70頁欄外で、高森さんや笹さんの運動に「一定の理解と好意」を持つのは「正しいからではない。単に仲間意識だ」と告白しています。
 『wILL』8月号202頁では「売れる本を作る者、プロフェッショナルが、わしは好き!」と書きました。今や彼の判断基準は「正しさ」ではなく、仲間か敵か、好きか嫌いか、のようです。
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by nitta_hitoshi | 2010-09-13 21:40 | 小林よしのりさん批判