新田均のコラムブログです


by nitta_hitoshi
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ごーまんかまさせていただきます。

⑥.「わしは天皇の御言葉に反しても、日本の伝統を強制する悪役に徹していこうと思っている」(『天皇論』370頁)という記述は、自ら高唱する「承詔必謹」に明確に反していますので『天皇論』のリコールを求めます。
 これを誠実に実行できるかどうかで、小林さんの「承詔必謹」が本物か、偽物か、つまみ食いか、面従腹背か、確認できることでしょう。

 ここで、私が『天皇論』のリコール(回収・訂正・再配布)を求めている理由を説明しておきます。理由は二つあります。

1.『天皇論』は良い本だと思っているから。 
この本は、多くの先人が積み重ねてきた努力の成果を慎重に組み合わせたもので、基本的には非常によい本です。したがって、単に回収するのではなくて、再配布していただきたいと思っているわけです。

2.商売にも倫理が必要だと思っているから。
 小林さんは、男系維持派の人々に「腹を切れ」とか、「南朝を立てろ」などと言って、強く責任を求めています。ならば、自分が強調する「承詔必謹」に、自分自身が反してしまった場合には責任をとるのが当然です。しかも、私は命を差し出せとか、内乱を起こせなどという無茶なことを要求しているわけではありません。ただ、不良(不敬?)品・欠陥品は回収・修理して、無料で再配布するという極当たり前の商業道徳を求めているにすぎません。
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by nitta_hitoshi | 2010-06-30 06:35
 ごーまんかまさせていただきます。

⑤.「もし天皇が憲法改正反対を明言なさったら、わしは逆賊になる!」(『天皇論』366頁)という記述は、自ら高唱する「承詔必謹」に明確に反していますので、『天皇論』のリコールを求めます。
 これを誠実に実行できるかどうかで、小林さんの「承詔必謹」が本物か、偽物か、つまみ食いか、面従腹背か、確認できるでしょう。


ゴーマニスト「降格」準則

19.読者を欺こうとしたら降格!

 シナ男系絶対主義者=クレムリン小林さんは、「新田均はわしに追い詰められて、ついに『皇祖神はスサノオノミコトだ』とまで言い出した」(『サピオ』平成22年6月23日69頁欄外)、「皇位は天照大神で、皇統はスサノオ」という「カルト解釈」を言い出した(『サピオ』平成22年7月14日号61頁)などと書いています。これは、意図的に大切な説明を省略することで、私が“皇祖神や皇統のはじまりをスサノオだけに限定して、天照大神を皇祖神から外すというとんでもない主張をしている”かのように見せかけて、読者を欺こうとする論法です。

 私の主張は以下のようですが、そもそもの問題意識は、人間的な血縁・親子関係の観点から神話を捉えた場合(そもそも、そのような発想に立たなければ別)、女性である天照大神を皇祖とする神話と、天皇の男系継承の歴史とを、切断せずに説明できる理論はないのか、というところにあります。

 神代の皇統はイザナギノミコトとイザナミノミコトから始まり、両神から、天照大神、ツクヨミノミコト、ヒルコ、スサノオノミコトが生まれ(『日本書紀』)、さらに天照大神との誓約の際に、スサノオノミコトから五男神が生まれ・・・という具合に続いていった。したがって、天照大神はイザナギノミコトを父とする男系の女神で、当然、皇祖神だが、その他の神も皇祖神に含まれる(『日本書紀』の記述に従えば、イザナギ・イザナミ以前のタカミムスビノカミも皇祖神である)。そして、男系継承の観点からすれば、「イザナギ→スサノオ→オシホミミ」という流れになる。
 ならば、何故、「皇統」から見れば間接的な存在である天照大神が、皇祖神の中でも特別な存在とされてきたのか? それは、天孫降臨を計画し、葦原中国で皇位につく者を自らの子孫(現密に言えば、養子の子孫)だと決定された神であると、古来、理解されてきたからだ、と思われる。
 他方、スサノオノミコトは、神代における日本武尊命のような存在(正統の皇統には含まれるが、皇位には就かれなかった。「旧譜皇統譜」参照)ではなかったか。
 したがって、皇位継承の歴史を神代に当てはめて考えるならば、初代の天照大神が、弟の子供のオシホミミを養って第二代としたということで、元正天皇から聖武天皇への皇位継承に似ている(聖武天皇の父は文武天皇であるから“同じ”とは言えないが)。

追伸
 研究者でもなく、専門の知的訓練も受けていないトッキーさんに言うのは酷なのかも知れませんが、「知的に誠実な」引用の仕方というものを知らないようですね。参考文献に上げたところで、どこを参考にしたのか分からないのですから、誠実な引用にはなりません。また、どこから、どこまでを参考にしたかを明示せず、最後に名前だけを出して「確かにその通りで」などと書いても、もちろん、誠実な引用とはいえません。漫画だから大目に見てもらえるのでしょうが、それがどこの世界でも通用すると思ったら、大間違いです。専門論文でこんなことをしたら、学者生命に関わります。嘘だと思うなら、高森さんに聞いてみて下さい。もしも、謙虚に、誠実な引用の仕方を学びたいというのであれば、私の博士論文をお送りしますので、学んで、成長して下さい。

○単なる「つぶやき」
 論争に加わるのであれば、自立した個として責任をとる覚悟が必要だと思います。親分の陰に隠れていれば大丈夫、単なる助っ人・お手伝い、などという甘い考えは禁物ですね。
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by nitta_hitoshi | 2010-06-29 07:20 | 小林よしのりさん批判

お知らせ

「小林よしのり氏“公認”「ゴーマニスト」宣言・緊急号外」を、青色文字のように修正します。

 ついに、私に追い詰められて、スタッフのトッキーさんが「秘書みなぼんが見たもん」(平成22年6月26日)で大変なことを書いてしまいました。

①.もちろん『天皇論』でイザナキ・イザナミを「皇祖神」として描いた事実はありません。

 これは完全な虚偽です。『天皇論』の180頁を確認して下さい。「日本の『皇道』は万世一系、神話からの連続性によってのみ成り立つのだ!」と書かれたコマの絵は、イザナキ・イザナミから始まって今上陛下に至っています。
 ところが、その後、小林さんは『サピオ』平成22年5月12日号71頁で「皇統のいろはも知らぬ男系絶対主義者のために当たり前のことを言わねばならないのか・・・ 皇祖神は天照大神です!! 現在の天皇につながる皇統は、天照大神の『天壌無窮の神勅語』によって始まったのだ!」と言い出しました。つまり、今上陛下に連なる皇統は神話からはじまり、その最初に位置する神を「皇祖神」と呼び、それが天照大神だ、と主張し始めたのです。
 しかし、『天皇論』では、明らかにイザナキ・イザナミが皇統の最初に描かれて、「皇祖神」の位置に置れているのです。
 321頁にも同じ絵が出ていますが、こちらの方がもっと決定的かもしれません。なにしろ「歴代天皇表」の中に組み込んであるのです。

 もはや、理屈では言い逃れができなくなり、あるものを無いと言い出したのです。存在しないものをあるというのはカルトだと小林さんは言っていますが、ならば、あるものを無いというのもカルトでしょう。ついに、スタッフからカルトで出てしまいました。
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by nitta_hitoshi | 2010-06-28 23:45 | 小林よしのりさん批判
 墜落するゴーマニスト

 ヤフーの検索に「旧譜皇統譜」と入れたら、ウィキペディアの次に「天皇家の系図 皇統譜を公開!」が出てきて、「旧譜皇統譜」の一部が公開されていました。ほんの一部なのですが、大変興味深い史料で、「大いに議論の余地がある」と思いました。
 ところが、シナ男系主義絶対論者=クレムリン小林さんは、これは「決定的な資料」で、「この皇統譜は、明治天皇の勅裁によるものであり、学者・評論家の議論の余地などない!」(『サピオ』平成22年7月14日号62頁)と断言しておられます。

 そうなると、彼にとって大変まずい事が少なくとも二つ起きてきます。一つは、この皇統譜では、神武天皇の横に「皇統第一」と書かれていることです。つまり、皇統は神武天皇から始まることになっているのです。小林さんによれば、これは「議論の余地などない」ことです。ところが、小林さんは『サピオ』平成22年5月12日号71頁で「皇統のいろはも知らぬ男系絶対主義者のために当たり前のことを言わねばならないのか・・・ 皇祖神は天照大神です!! 現在の天皇につながる皇統は、天照大神の『天壌無窮の神勅語』によって始まったのだ!」と書いてしまっているのです。皇統が天照大神から始まる。この主張は、明治天皇勅裁の「旧譜皇統譜」に明らかに違反します。

そこで、ごーまんかまさせていただきます。

 ③.自ら高唱する「承詔必謹」の実践として、明治天皇勅裁の「旧譜皇統譜」に反して、天照大神から皇統がはじまると書いてしまった『サピオ』平成22年5月12日号のリコールを求めます。

 もう一つ、小林さんにとって困ったことは、神武天皇の年齢が「御年百三十七歳」と書かれていることです。これも、小林さんによれば「議論の余地などない」はずです。

 そこで、また、ごーまんかまさせていただきます。

 ④.小林さんの親しい古代史の専門家の先生に、「神武天皇は137歳まで生きられたのか?」と聞いてみて下さい。もし、「そうは思わない」と答えたら、勅裁違反ですから、名前を上げて、失望感から激怒し、容赦のない筆致で『サピオ』か『WiLL』で批判して下さい。

 これを誠実に実行できるかどうかで、小林さんの「承詔必謹」が本物か、偽物か、つまみ食いか、面従腹背か、確認できることでしょう。
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by nitta_hitoshi | 2010-06-27 22:41 | 小林よしのりさん批判


 ついに、私に追い詰められて、スタッフのトッキーさんが「秘書みなぼんが見たもん」(平成22年6月26日)で大変なことを書いてしまいました。

①.もちろん『天皇論』でイザナキ・イザナミを「皇祖神」として描いた事実はありません。

 これは完全な虚偽です。『天皇論』の180頁を確認して下さい。「日本の『皇道』は万世一系、神話からの連続性によってのみ成り立つのだ!」と書かれたコマの絵は、イザナキ・イザナミから始まって今上陛下に至っています。
 小林氏は『サピオ』平成22年5月12日号71頁で「皇統のいろはも知らぬ男系絶対主義者のために当たり前のことを言わねばならないのか・・・ 皇祖神は天照大神です!! 現在の天皇につながる皇統は、天照大神の『天壌無窮の神勅語』によって始まったのだ!」と言っていました。つまり、今上陛下に至る皇統のはじまりに位置する神を「皇祖神」と言っていたのです。したがって、『天皇論』では、明らかにイザナキ・イザナミが「皇祖神」の位置に置れているとこになります。
 321頁にも同じ絵が出ていますが、こちらの方がもっと決定的かもしれません。なにしろ「歴代天皇表」の中に組み込んであるのです。

 もはや、理屈では言い逃れができなくなり、あるものを無いと言い出したのです。存在しないものをあるというのはカルトだと小林さんは言っていますが、ならば、あるものを無いというのもカルトでしょう。ついに、スタッフからカルトで出てしまいました。

②.皇統は神話からの連続性によってのみ成り立つ。イザナキ・イザナミはもちろん、それより前のアメノミナカヌシの神からも連続している。しかし、その中でも皇祖神は天照大神なのです! 明治天皇勅裁の皇統譜にそう書いてあるのです!

 私は、これを読んで吾が目を疑いました。トッキーさん、本当にそんなことを書いてよかったの? 『旧譜皇統譜』について小林さんが書いていたことを覚えてる?
「それ[『旧譜皇統譜』]は『神代』から始まり、記紀神話の最初に出てくる『天御中主神』から記されているが、そこに系図の線は書かれていない。系図の線は国生みのイザナギ・イザナミから始まるが、注目すべきはその次の『天照皇大神』の横にこう記されていることである。『世系第一』 皇統につながる血統の第一は天照大神でと明記されている!」(『サピオ』平成22年7月14日62頁)

 アメノミナカヌシからは「系図の線は書かれていない」んですよね。だったら、皇統は「アメノミナカヌシの神からも連続している」というのは「勅裁」違反ですね。「皇統につながる血統の第一は天照大神」なんですよね。だったら、皇統は「イザナキ・イザナミはもちろん、それより前のアメノミナカヌシの神から連続している」というのは「勅裁」違反ですよね。

 小林さんは、「新田は、一体不可分の『皇位』と『皇統』を切り離すというトリックを繰り出した」といい、それは「新田が言い出したカルト解釈である」(同61頁)と断定しています。ところが、トッキーさんも、皇統のはじまりを天照大神以前に遡らせるという私と同様の思考法で「皇位」と「皇統」を切り離しています。しかも、私の場合は、イザナギ・イザナミまでだったのに、トッキーさんの場合は祝詞にも出てこないアメノミナカヌシまで行ってしまっています。私の解釈が「カルト」なら、トッキーさんのは「超カルト」でしょう。

 小林さんは、「核心を語る」の中で、私の言説を批判して、学者失格、皇學館を辞めた方がいいとおっしゃいましたね。ならば、超カルトになってしまったスタッフをあなたはどうするのですか?

追伸
 小林さん、トッキー氏の文は決して削除しないで下さい。読者のみなさん、この文は、よしりん企画が、誰かから渡された史料に飛びつき、深く考えることも、史料批判することもなく、情報を垂れ流している動かぬ証拠ですから、大切に保存しておきましょう。
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by nitta_hitoshi | 2010-06-27 08:49 | 小林よしのりさん批判
ごーまんかまさせていただきます。

 ②.少なくとも戦前までは、歴代天皇の親王宣下よって皇位継承権を認められてきた伏見宮に対して、「600年、20数代離れている」「歴史上空前の『君臣の分義』の破壊行為」などと批判するのは勅裁に反しますので、自ら高唱する「承詔必謹」のお手本として、掲載誌のリコールを求めます。

 これを誠実に実行できるとかどうかで、小林さんの「承詔必謹」が本物か、偽物か、確認できることでしょう。


ゴーマニスト「降格」準則

18.他人の論文をパクッたら降格! つづき

◎酒井氏の主張の要約
血統を絶対視せず、男系・女系の区別にこだわらないのが日本社会の伝統であり、国民の大多数の考えなのであるから、皇室だけの慣例は改める方が君臣一体の道である。

◎私の批判
 皇室にしか残っていないものは日本文明ではないというのは随分乱暴な議論だと思います。そうだとすれば、皇室にしかない祭祀も、儀礼も、習慣も、文献も、宝物もすべて日本文明とは無関係になってしまいます。それから、国民多数の考えや習慣が文明の内容を決め、皇室もそれに従うべきで、それが君臣一体だという議論も極論だと思います。君臣一体と言うからには、まず、君臣の別がなければなりません。君主と国民の別を認めないというのであれば、それは君臣一体の仮面をかぶった君主否定論になってしまうでしょう。むしろ、国民の間では様々な理由で維持できなくなってしまった習慣やしきたり(例えば『宋史』にある「世官」)、あるいは、国民ではとても真似できない伝統を維持しているからこそ皇室は尊いのではないでしょうか。

追伸
 今度の『サピオ』での一番の論点は『旧譜皇統譜』ですね。ところが、私はこの史料をもっていません。そこで、小林さんにお願いですが、コピーを送っていただけないでしょうか。もちろん、コピー代と送料はお支払いします。7月5日にチャンネル桜で収録があるのですが、宮内庁に申し込んでいると間に合いそうもありません。小林さんの「男としてのスケールの大きさ」を信じています。どうか、よろしくお願いします。
 ちなみに、私が使っている史料で、小林さんが見たいものがあれば、いつでもお見せいたします。現に、貴方を支援しておられる方が知りたいとおっしゃる史料名をお教えいたしました。
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by nitta_hitoshi | 2010-06-27 06:20 | 小林よしのりさん批判
ごーまんかまさせていただきます。

①自ら高唱する「承詔必謹」のお手本として、イザナギ・イザナミを「皇祖」として描いてしまった(=小林さんによれば「勅裁」に背いていることになる)『天皇論』のリコール(欠陥[不敬?]商品を回収し、直して[絵を差し替えて]購入者に無料で配ること)を求めます。

 これを誠実に実行できるとかどうかで、小林さんの「承詔必謹」が本物か、偽物か、確認できることでしょう。


ゴーマニスト「降格」準則

18.他人の論文をパクッたら降格! つづき

 前回までで、シナ男系絶対主義者=クレムリン小林さんの主張は、基本的に、酒井信彦氏のパクリなのが確認できたと思います。そうなると、この問題については、クレムリン小林さんの言説を批判しても仕方ないと思いますから、かつて私が『正論』平成18年11月号で行った酒井氏批判を一部修正して掲載することにします。

◎酒井氏の主張の要約
 男系継承は本来シナの文明の産物であり、皇統の男系は厳密性・永続性においてシナに劣っている。したがって、男系にこだわればシナ人・朝鮮人に頭が上がらなくなってしまう。また、天皇家が「世界で唯一男系で繋いできた珍しい家系である」というのは全くの虚偽である。299頁

◎私の批判
 驚いたことに、酒井氏は、日本の皇統の特徴ついて、少し前の日本人なら誰でも知っていたような基本的な認識を欠いているようです。それは、君主の地位が一つの家系、一つの血統でずっと維持されてきたということです。男系維持論者は、その大前提に立って、男系が維持されてきたことを貴重だと言っているわけです。したがって、この大前提を欠いてしまっているシナや朝鮮(易姓革命の国)に対して、日本人が劣等感を抱かなければならない理由はいささかもありません。仮にもし、そんな素っ頓狂なこという御仁がいたら、宋の太宗皇帝が「其の(日本の)国王、一姓伝承して、臣下皆、世官なり(天皇は同じ血筋で現在までつづいており、臣下も祖先の職をついで天皇に仕えている)」と聞き、「此れ蓋し古の道なり(遠い時代からの理想的な在り方ではないか)」といって羨んだという記事が『宋史』の中にあることを教えてあげればいいでしょう。
 皇位を特定の家系が占め続けることの意味が分からず、「血統が続いているというだけなら、ゴキブリだって万世一系だ」など書いている文をかつて読んだことがありますが、孔子の方が実在が確実な天皇より古いのだから、孔子の家系の方が皇統よりも優れているという議論も、それと五十歩百歩でしょう。299-300頁


【シナ男系絶対主義者の定義】
シナの男系を絶対的基準(本物)と考え、その他の男系を偽物と考える。基本的思考の上で完全にシナに平伏しており、シナ男系原理主義者と言い替えることもできる。他文明の中で生まれた基準を自国の文明に当てはめることに血道を上げる点において、かつてマルクス史観(唯物史観、階級闘争史観、発展段階説)を日本に当てはめ、歪んでいる、遅れているなどと論じていた人々と思考の枠組みを同じくしている。
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by nitta_hitoshi | 2010-06-26 07:51 | 小林よしのりさん批判
久しぶりに、ごーまんかまさせていただきます。

 自ら高唱する「承詔必謹」のお手本として、イザナギ・イザナミを「皇祖」として描いてしまった(=小林さんによれば「勅裁」に背いていることになる)『天皇論』のリコール(欠陥[不敬?]商品を回収し、直して[絵を差し替えて]購入者に無料で配ること)を求めます。
 これを誠実に実行できるとかどうかで、小林さんの「承詔必謹」が本物か、偽物か、確認できることでしょう


ゴーマニスト「降格」準則

18.他人の論文をパクッたら降格! つづき

⑥.男系主義に拘るとシナ・朝鮮に頭があがらなくなるとする論法

●酒井信彦「女系天皇こそ日本文明に適う」『諸君!』平成18年10月号
◎結局、男系絶対主義というのは日本人を何処に導いていくのか。皇室の男系主義を神聖視すればするほど、シナ人・朝鮮人に頭が上がらなくなる、精神的に隷属するようになるのです。95頁
◎男系継承の厳密性において、皇室ですらシナ・朝鮮の一般庶民に劣るのですから、男系絶対主義を振り回せば振り回すほど、シナ人・朝鮮人に頭が上がらなくなる、現在以上に彼らに精神的に隷属してゆく危険性の方を、遥かに危惧する次第です。101頁

●『サピオ』平成22年5月26日号掲載「男系継承はシナ宗族制度の模倣」63頁
 彼らが本当に「男系絶対主義者」なら、シナ・朝鮮の家族制度に比べて日本の皇位継承の「男系」は著しく劣ることを認めなければならない。天皇の系譜が、シナ・朝鮮の庶民の家系図より劣るのだから、日本文明は劣等だと認め、中華文明の前にひれ伏さなければならない。

追伸
「核心を語る2」(2ロール目の5分59秒)で「側室がなく晩婚少子化で、確率が相当低く安定的継承が保証できないと言っている」という字幕が出てきました。
 皇后や宮家の正妻の方々がお生みになった男子の数を示されて、追い詰められ、例によって、密かなすり替えを行って逃げ切ろうと考え始めたようです。
 でも、逃しません。
 これまで彼は次のように言っていました。
「側室なしの男系継承は不可能である」『サピオ』平成22年5月12日号59頁
「庶子(側室の子)による継承なしで男系維持にこだわれば、やがて先細りになり、断絶にいたるのは確実なのである」(同61頁)

   「不可能である」「確実なのである」
      ↓すり替え
   「保証できない」

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by nitta_hitoshi | 2010-06-25 07:08 | 小林よしのりさん批判
ゴーマニスト「降格」準則

18.他人の論文をパクッたら降格! つづき

⑤.同族婚を理由に皇統の男系継承をシナ・朝鮮の男系継承より劣るとする論法

●酒井信彦「女系天皇こそ日本文明に適う」『諸君!』平成18年10月号 94頁
 シナ・朝鮮の男系継承では「同姓不婚」、おなじ氏族同士での結婚は絶対に行われません。ところが皇室の歴史を振り返ると、皇族出身の皇后はもちろんのこと、古代には異母兄弟の結婚さえ珍しくありません。これも、男系継承を絶対視する価値観からみれば、とんでもない逸脱とみなされてしまいます。このように、シナ人・朝鮮人に比較するとはっきりいって男系継承の純粋性としては、明らかに劣るといわざるを得ないのです。

●『サピオ』平成22年5月26日号掲載「男系継承はシナ宗族制度の模倣」62頁
 香淳皇后が宮家の娘だったように、皇室には天皇やその子女と、宮家の子女との結婚が数多くある。これはシナ・朝鮮の家族制度では、同じ宗族内の男女が結婚していることになり、「同姓不婚」のタブーを平然と犯していることになる。本物の「男系継承」の民族から見れば、日本の皇統は近親婚にも等しい言語道断のルール逸脱でなり立っている。

注 同族婚について、酒井氏が古代の例を挙げているのに、小林さんはそれを避けています。それは、古代を持ち出すと、そもそも「同姓不婚」の大原則を取り入れなかったことになりますから、皇室の男系主義はシナとは本来、根本的に違うということが分かってしまい、シナの「模倣」「影響」とする小林さんの主張が崩れてしまうからでしょう。

追伸
「自爆する男系固執主義者たち」(『サピオ』平成22年7月14日号)の最終頁(62)で、小林さんは「この皇統譜[旧譜皇統譜]は、明治天皇の勅裁によるものであり、学者・評論家の議論の余地などない!」「近代の詔勅類において『皇祖』は天照大神に他ならないことは常識ではないか!」と叫んでおられます。
 ここにいたるまでの議論には、ごまかし、改竄がたくさんあって批判点山盛りなのですが、それは追々詰めていくことにして、取りあえず、強烈なのを一発!

「近代の詔勅類において『皇祖』は天照大神に他ならないことは常識」だとすれば、
『天論論』では、何故、「神話からの連続性」をイザナギ・イザナミから描いたのか(180頁)? 何故、「歴代天皇表」の最後にイザナギ・イザナミから始まる皇統の絵を載せたのか(321頁)?
これは小林さんの主張からすれば明確な詔勅違反ではないか?
学者・評論家に議論の余地はないが、漫画家には描く自由があるとでも言うのか?

そこで、
みずから高唱する「承詔必謹」のお手本として、イザナギ・イザナミを「皇祖」として描いてしまった『天皇論』のリコール(欠陥[不敬?]商品を回収し、直して[絵を差し替えて]購入者に無料で配布すること)を求めます。これは「承詔必謹」を主張する小林さんの根本姿勢に関わる問題だと思いますので、実践して下さるまで、これから毎回、ブログの冒頭に掲げることにします。
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by nitta_hitoshi | 2010-06-24 08:24 | 小林よしのりさん批判
 本日発売の『サピオ』7月14日号を買いました。今回はちゃんと私のことが取り上げられていたので500円損しないですみました。
 これまた、論点満載で、すぐにでも批判していきたいところですが、そうするとこれまでの問題点を置き去りにすることになります。それが小林さんの作戦なのかもしれませんので、これまで通り順番にやっていくことにします。

 ただ、ちょっとだけ。

 小林さんは「自爆する男系固執主義者たち」の冒頭で、「小林よしのりを信じるなー!」と私が叫んでいるように描いていますが、私の記憶に間違いなければ、そんなことを書いたことも、言ったこともないはずです。
 でも、私の書いたものを読むと、小林さんには「小林よしのりを信じるなー!」という声が聞こえてくるのでしょう。書いてないものが見えたり、言っていないことが聞こえたりすることを、小林さんは「カルト」と呼ぶんですよね。

 その時、小林さんに降りてくる神は「新田神」ではなく、私の姿をした小林さんの「良神(良心)」だと思います。ですから、いくら私を罵倒してもダメです。自ら悔い改め無いかぎり、その声が止むことはないでしょう。
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by nitta_hitoshi | 2010-06-23 21:24 | 小林よしのりさん批判