新田均のコラムブログです


by nitta_hitoshi
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聖徳太子と公務員

『講友』第149号 平成21年9月1日


 「公務員の産みの親は聖徳太子です」。オープン・キャンパスの模擬講義で、私はそう言いました。
 オープン・キャンパスというのは、高校生に大学の施設・授業・行事などを見てもらって、「この大学に入りたい」という気になってもらうためのもので、今や全国の大学で夏の恒例行事になっています。その行事で、私は来年4月に開設される「現代日本社会学部」の模擬講義を担当したわけです。

 「現代日本社会学部」は、名張市にある社会福祉学部を伊勢市に改組集約してできるもので、日本の伝統文化と公徳心を身につけ、社会の様々な問題に主体的に取り組める能力を備えた、幅広い職業人を養成することを目的としています。「政治経済」「現代社会」「福祉計画」「伝統文化」という四つの学びの分野があるのですが、どの分野でも重視している職種が「全体の奉仕者」(憲法15条)たる公務員です。

 近年、公務員の不祥事が相次いでおり、国民の公務員に対する信頼感が揺らいでいます。それにも関わらず、何故、公務員を重視するのか。「安定しているから」ではありません。「公徳心」が最も強く要求され、だからこそ、この学部の教育理念に相応しい職種だと考えたからです。

 それでは、個人的利益を度外視した全体の奉仕者としての「公務員」という職種を、この国ではじめて考え、実際に導入したのは誰だったのか。そういう観点で歴史を遡っていくと、聖徳太子に行き着きます。

 彼が603年に定めた冠位十二階は、家柄ではなく、能力を基準にしたという点で、日本初の公務員制度であり、604年制定の十七条憲法は、公務員の使命と心得を明示した日本で最初の公務員法です。これを逆に言えば、公務員が仕えるべき、個人の利害を超えた「国家」「公」という存在も、この時に同時に生まれたと言えるわけです。それが言い過ぎならば、それまで国家がこの時に大きく変質したわけです。だから、十七条憲法では「国家」や「公」という言葉が多くに使われているわけです。

 十七条憲法は今から1600年以上も前に、公務員とは如何にあるべきかを説いた文書であり、法なのですが、現代日本で、そこに書かれていることを実践できている公務員は多くないでしょう。だから、学生たちに、原点を知り、その意義を理解して、今後の人生の道しるべとしてほしいと考えています。

 
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by nitta_hitoshi | 2009-10-07 10:50