新田均のコラムブログです


by nitta_hitoshi
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(『正論』平成15年10月号)

○素晴らしさ伝える優れた実践報告

 すでに「自虐史観」批判の時期は過ぎて、誇りある歴史を次代を担う子供たちにどう伝えるのかが問われつつある。「破邪」から「顕正」へ、さらに、「顕正」を的確に伝達する技法の開発へ、と時代のニーズは移りつつある。しかし、残念ながら、それについての“私達の用意は十分でない”と、かなり前から感じていた。そんな思いに応えてくれる本がようやく現れた。

 本書は、小学校の教師である著者が実践した、全六十八時間の日本史授業の中から八時間分を選び、六章にまとめたものである。

 内訳は、歴史入門の授業「歴史の中にはご先祖様が生きている」、聖徳太子の授業「仏様か、神様か」、続・聖徳太子の授業「遣隋使の国書」、鎖国の授業「西洋とどうつきあうか」、明治の改革の授業「廃藩置県に賛成か反対か」、昭和の戦争の授業「東京裁判について考える」。

 いずれの章も、“歴史とは、他者に語り聞かせようと意識した時にこそ、その要諦を現わすものなのだ”と気づかせてくれる優れた実践報告となっている。中でも、「そういう方法があったのか!」と膝を打ったのが、歴史入門として、「先祖」を取り上げていることだった。

 若者に日本史の素晴らしさを伝えようと試みたことのある教師なら、おそらく誰もが体験していることだろうが、「それがどうしたの?」という無関心の壁、「私に何の関係があるの?」という無関係の壁、「そんなに日本にこだわらなくてもいいんじゃないの?」という相対化の壁にぶつかる。それを著者は、誰にでも必ずいる「先祖」という存在に気づかせることによって克服している。いつの時代にも、この国には自分たちの命に連なる先祖たちが生きていた。その先祖達たちを通じて、ずっと「命のバトン」と「国づくりのバトン」が受け継がれてきた。そう気づかせる中で、日本の歴史を「わがこと」として意識させることに成功しているのだ。

 この授業を受けて、「子孫を残すのも大切だなと思いました」という感想を書いている児童がいた。子育てよりも自己実現、家庭よりも仕事。先祖から営々と受け渡されてきた遺産を一代限りで使い果たしたって構わない。子孫のことなどどうだっていい。「ジェンダーフリー」と呼ばれる「放蕩息子」「放蕩娘」の思想が教育現場に蔓延している昨今、齋藤先生の実践は、それに対する効果的な「解毒剤」をも提供するものであるといえそうだ。「正しい歴史教育」こそ、まさに「最良の道徳教育」なのだと教えられた。

先祖とのつながりを意識できてはじめて、光輝ある自国の歴史も意味を持つ。当たり前だが、多くの人々が忘れていた。教育者の目が、問題意識が、その勘所を明らかにした。さて、それでは、慧眼の著者によって語られる日本歴史の要諦とは? ここから先は読んでのお楽しみ。読者諸氏みずらが本書を手にしてご確認いただきたい。
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by nitta_hitoshi | 2007-05-06 14:35 | 書評