新田均のコラムブログです


by nitta_hitoshi
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(平成12年10月7日、第十五回歴史体験セミナー、研修Ⅰ)


(7)五大神勅について

 これが『日本書紀』正文で語られている物語の粗筋です。ここで、正文以外の異説を記録した部分に書かれていることについても少し触れておきたいと思います。というのは、有名な「三種の神器」や「天壌無窮の神勅」についての記事は、実は正文ではなくて、異説を記録した部分に載せられているからです。以下、異説を一書の第一、第二、第三・・・と言う形で区別します。

 その中の一書の第一では、天照大神がニニギノ尊に三種の神器、すなわち鏡、剣、勾玉を授けられます。それから、五部神(イツトモノオのカミたち)ーこれはさっき申し上げましたが、天岩窟の時に、天照大神を呼び出すために苦労された神々、つまり、思兼神や手力男神などーに、部下としてニニギノ尊のお供をして降だるように命令される。さらに、わゆる「天壌無窮の神勅」(葦原の中つ国は私の子孫が永久に治める国だという宣言)を与えられています。

 次に一書の第二では、ニニギノ尊のお母さんのお父さん、つまり母方のお祖父さんにあたるタカミムスビノ神が、ニニギノ尊について行かれる家来の神々であるアメノコヤネノ命とフトダマノ命に「神籬磐境(ひもろぎいわさか)の神勅」を下されます。「神籬磐境」というのは、天上界でお祭りをする時に必要な祭壇のことですが、これを持って地上に降って、天孫のため、つまりニニギノ尊およびその子孫の天皇方ために、お祭りをしなさいという命令です。

 正文では天孫のニニギノ尊が直ちに降られたということになっていますが、この一書の第二では、お父さんのオシホミミノ尊が天降られる途中でニニギノ尊がお生まれになったので、急遽にお父さんに代わって降られたということになっています。そして、その前に天照大神が息子であるオシホミミノ尊に示されとされる神勅が二つ載っています。一つは、「宝鏡奉斎(ほうきょうほうさい)の神勅」と呼ばれるもので、三種の神器の一つである鏡を私だと思って祭りなさいという御命令です。もう一つは、「斎庭稲穂(ゆにわのいなほ)の神勅」で、これは高天原で作られている稲を授けるからこれで国民を養いなさいという御命令です。また、天照大神は、アメノコヤネノ命とフトダマノ命に対しても「侍殿防護(じでんぼうご)の神勅」を与えています。これは「宝鏡奉斎の神勅」と対をなすもので、「おまえたちはニニギノ命と同じ建物の中にいて侍って守れ」という命令です。

 以上のような諸伝の中からは、この国の主たる者はいかなる仕事する存在でなければならないと考えられていたのかが、おおよそ浮かび上がってきます。つまり、天照大神の心を心として国民を治め、いつも天照大神から授けられた鏡を見て自分の統治が正しいかどうかを反省し、稲を見事に育てて国民を養い、それを大神に報告しなければならないわけです。(つづく)
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by nitta_hitoshi | 2006-11-17 19:04 | 講演
(6)天孫降臨による地上秩序の創出

 天照大神の子のオシホミミノ尊は、タクハタチチ姫と結婚されます。このタクハタチチ姫はここではじめて出てくる神様ですが、『古事記』でタカミムスビノ神の娘とされています。この二神の結婚によって、アマツヒコヒコホノニニギノ尊が生まれます。これは天照大神からみれば孫にあたる神様です。この神様を地上に下して地上の主にしようとタカミムスビノ神が考えられるわけですが、しかし、地上を見てみると様々な邪神が横行して乱れている。

 そこで何とか秩序を回復した後に中心者を下さないといけないということで、まずアメノホヒノ命、この神様は誓約のときに二番目にお生まれになった天照大神のお子様ですが、この方を遣わす。次いで、アメノホヒノ命の息子のオオセヒミクマノ大人(うし)、さらにアメワカ彦と、次々と派遣するわけですが、みんな地上の神々に媚びて、天上界に報告せず、結局失敗してしまいます。

 最後に、フツヌシノ神とタケミカヅチノ神を遣わして、地上の一番の実力者であったオオナムチノ神、すなわち大国主神と交渉させます。すると大国主神は自分の子供のコトシロヌノの神に相談する。そしたらコトシロヌシノ神は「この国を天つ神に譲りましょう」ということで海中に退去され、大国主神も国譲りをして隠居します。

 すべての神々を指す場合に「天神地祇(てんじんちぎ)」という言葉を使いますが、天神も地祇もともに神様という意味ですが、そこには一応区別があって、天神は高天原の神々を指し、地祇は葦原中国(あしはらのなかつくに)、この地上の神々を指します。この地祇のことを国神(くにつかみ)とも言います。ですから、国譲りというのは、国神である大国主神が葦原中国の支配権を天神の子孫に譲り渡したということです。こうして、地上の秩序が整った時に、ニニギノ尊はまだ赤ちゃんでありまして、マドコオフスマというものにくるまれて日向の高千穂の峰に降りてこられるわけです。(つづく)
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by nitta_hitoshi | 2006-11-16 21:03 | 講演

(平成12年10月7日、第十五回歴史体験セミナー、研修Ⅰ)


(5)高天原の混乱と秩序の回復

 さて、サノオノ尊は、根国に行く前に、姉の天照大神に別れの挨拶をするために高天原へ昇っていきました。ところが、天照大神は弟の気持ちが分からずに、乱暴しにきたのだろうと疑い、戦う準備をして待ち受けていました。そこで、スサノオノ尊は、疑いを晴らすために誓約(うけい)、つまり、占いをすることを申し出ます。どういう占いをしたかと言いますと、お互いの持ち物を取り替えて子どもを生むという占いです。

 その時の初めの約束では、スサノオノ尊が生んだ神が男だったらスサノオノ尊の心は正しく、女だったら悪い心をもっているというものでした。このように確認した上で、お互いの持ち物交換して子どもを生みました。すると、天照大神は、スサノオノ尊がもっていた剣から、女性の神を生みました。タゴリヒメ、タギツヒメ、イチキシマヒメです。他方、スサノオノ尊は、天照大神が持っていた玉から、男の神を生むという結果になりました。マサカアカツカチハヤヒアマノオシホミミノ尊と、他に、アマノホヒノ命など男性の四神です。つまり、生んだという事実から見れば、スサノオノ尊は悪い心を持っていなかった、正しかったということが証明されたわけです。

 ところが、結果が出た後で、天照大神がなんと言ったかというと「あなたの生んだ子は私の持ち物から生まれたのだから、私の子だ」、つまり「私が男の神を生んだんだ」と言い出したわけです。勝負がついて後で、ルール変更して、強引に自分勝ちにしたわけです。兄弟喧嘩なんか、よくこういうことから起きますね。これは、どうみても高天原の中心者の神様としては相応しくない、不完全な振る舞いなわけです。そもそもが、天照大神が弟の気持ちを誤解したので占いをしなければならなくなったわけですから、誤解したこと自体が神様としては問題なのに、その上、自分の間違いを認めずに、強引にルールを枉げて自分の正しさを主張しようとしたわけです。このように、この時までの天照大神は、高天原の中心者として、まだ完全ではなかったわけです。

 このような天照大神の振る舞いにスサノオノ尊は激怒します。今の言葉で言えば「切れた」わけです。そして、高天原で大暴れを始めます。そうしたら、天照大神はどうしたかというと、今度は弟を止めようとしないで、天の石窟という穴の中に隠れてしまいました。よっぽど後ろめたかったのかもしれませんが、問題に立ち向かうことを避けて、いわば「引きこもってしまった」わけです。そうしたら、高天原は、真っ暗になって、様々な災いが次々に起こるようになりました。

 色々と素晴らしい力をもった神様たちが高天原には沢山いらしたにもかかわらず、秩序の中心者、太陽のカミ、神々に光のエネルギーを与える存在がなくなってしまったら、大混乱に陥ってしまったわけです。

 困った神々は、天安河辺(あめのやすのかわら)という所にあつまって対策を相談しました。その時に、智恵の神様、思兼神というカミの提案で、石窟の前でお祭りや踊りをして、天照大神が不思議におもって戸を開けた時に、力持ちの神様、手力雄神に引き出してもらうことにしました。この計画がうまくいきまして、再び天照大神を高天原の中心者に復帰させることができました。

 実は、この時に天の石窟の前で行って祭りや踊りが、神道の祭祀、お祭りや、神様を楽しませるための踊り、神楽のはじまりなのです。

 このような失敗と引きこもりという試練を経て、天照大神は天上の中心者に相応しい、人間でいえば人格、神様ですから「神格」に成長するわけです。

 他方、スサノオノ尊はどうなったかと言いますと、大暴れして罪で高天原を追放されまして、葦原中国に降りてくる。そして、出雲の国に行き、そこで、奇稲田姫という女性に出会い、その女性を食べようとしていた八岐大蛇という怪物を退治するという、これまた試練を経て、一人前の男、立派な神、単なる乱暴者から、英雄へと変身していきます。

 このように神様も、最初から完全なのではなくて、様々な失敗や試練を経て、成長していく、完成していく、というのが日本神話の特徴です。神様ですらそうなのですから、人間がいろんな失敗や挫折をするのたは当たり前です。大切なのは、失敗しない、間違えないということではなくて、失敗や間違えから、何か大切なことを学んで成長することなのだ。日本の神話には、そんなメッセージが込められているような気がします。です。

 さて、こうして天上の秩序が整うと、次に地上の秩序を整えるという作業に、神話の筋は移っていきます。(つづく)
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by nitta_hitoshi | 2006-11-05 09:03 | 講演
(平成12年10月7日、第十五回歴史体験セミナー、研修Ⅰ)


(4)国土の生成と地上秩序形成の失敗

 『日本書紀』の記述によれば、まず天と地が分かれます。そして天と地が分かれた後、クニノトコタチノ尊からイザナギノ尊、イザナミノ尊の誕生まで神代七世という神様が生まれます。その次に大八洲(おおやしま)の誕生、すなわち日本列島が生まれます。さらに、海、川、山、木の神、草の神が誕生する。この海は、日本の内海を指しているそうですが、そのようにして先ず、神々と国土が誕生するわけです。

 そして、この国生みの後にイザナギノ尊とイザナミノ尊は「天下の主(あめのしたのきみ)たる者」を生む試みをなされます。渡部昇一氏は日本人の世界観は天、地、地下の三層構造になっていると書かれていますが、高天原(たかまのはら)があり、葦原中国(あしはらのなかつく)、すなわち日本国があり、その下に根国(ねのくに)があるというふうになっているわけです。それで国生みの後に天の下、すなわち葦原中国、この地上の中心者を生もうとされるわけでますが、これは何故か失敗します。

 最初に生まれたのが日神オオヒルメノムチ、すなわち、天照大神でこの神様は素晴らしすぎて、高天原を治めることになります。次の月神ツクヨミノ尊も天を治めることになります。次に生まれた蛭子はいくら年月がたっても足がたたず流されてしまいます。最後に生まれたスサノオノ尊は乱暴者でとてもこの国の主にはなれないということで根国にいけと命令されてしまいます。

 面白いことに、日本の国家秩序が整うまでには、神々の試みにも何回も挫折失敗があるわけですが、これが第一回目の挫折です。この挫折の後、神話の舞台は天上界の高天原に移っていきます。公共秩序の形成という観点からこの物語の展開を眺めると、地上(現実)の秩序を創出しようとする場合に、地上(現実)から手を付けてもダメで、天上(理念、精神、心)の世界の形成から始めなければならない、と語っているような気がします。(つづく)
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by nitta_hitoshi | 2006-11-02 08:55 | 講演