新田均のコラムブログです


by nitta_hitoshi
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

<   2006年 09月 ( 11 )   > この月の画像一覧


 公務員としての自覚を養う方策を


 ところで、「時は金なり」という。この格言をひっくり返せば「金は時なり」で、金の不正は時間の不正ということになりはしないか。すなわち、本来教育に充てられるべき膨大な時間が失われ、生徒の「教育を受ける権利」が重大な侵害を受けている可能性があるのだ。教師が組合大会、青年部、婦人部、友好団体の活動に動員されている間、生徒たちはどうしているのだろうか。

 三重県では、学校をサボっているようには見えない生徒たちが、昼間、町をぶらついているのが目につく。彼らはどうして学校にいないのか。彼らを監督すべき教師達は何をしているのだろうか(上野市・鈴鹿市・四日市市の小中学校では、教員の研修というような名目で、毎週水曜日が半日授業となっている)。研修も教育活動の内などという人もいるようだが、「練習があるので試合を休みます」と言っているのと同じで、本末転倒もはなはだしい。

 こうして、調査、研究をつづけているとき、「日本会議三重」が私たちの“成果”を取り込んだ「要望書」を、中林教育長に提出することになった。この要望書の提出は、「日本会議三重」の運営委員会にかけられ、了承された。十二月二日のことである。その全文は左の通りである。

《要 望 書》
 私どもは、誇りある豊かな国づくりをめざす「日本会議」の綱領および運動方針に則って、三重県において、本年八月四日に設立された団体であります。日本会議の綱領とは、 一、我々は、悠久なる日本の歴史に育まれた伝統と文化を継承し、健全なる国民精神の興隆を期す。
 二、我々は、国の栄光と自主独立を保持し、国民各自がその所を得る豊かで秩序ある社会の建設をめざす。
 三、我々は、人と自然の調和をはかり、相互の文化を尊重する共生共栄の世界の実現に寄与する。この三点であります。

 この綱領の趣旨に則って、日本会議三重の活動基本方針には「教育問題に関する国民運動」が掲げられております。この方針に沿って、左の四項目を要望いたします。
一、三重県下の公立学校の教職員が不正な組合活動を行っていることは、すでにマス コミなどで報じられ、県議会でも取り上げられ、教育長御自身がその事実を認められたところであります。そして、その是正のための通知を出されました。しかしながら、不正な組合活動を行っていた教職員に対する通常の給与の支出は、公金の不正支出にあたると考えられます。そこで、行政の統一性という観点からしても、広島県におけると同様に、勤務時間中の不正な組合活動を自己申告させて、その実態を明らかにし、不正行為を行った教職員を法規に照らして厳正に処分し、不当に得ていた給与については全額返還させること。これ以外にも不正な公金の支出が行われていないかを調査し、厳正に対処することを要望いたします。

二、公務時間中における不正な組合活動は、各公立学校の授業時間数を大幅に減少さ せているのではないかと思われます。そこで、各公立学校の実際の年間授業時間数を調査し、著しく不足している学校については指導を行うことを要望いたします。

 三、国旗・国歌が法制化された以上、国民の遵法精神を養うべき公立学校は、この法規を遵守し、入学式・卒業式などにおいて、国旗の掲揚、国歌の斉唱を誠実に実行する義務があるものと考えます。そこで、各学校における国旗の掲揚、国歌の斉唱の実態を県民に公表すること。また、『学習指導要領』に基づいて、国旗・国歌に関する教育の具体的内容を明確にし、各公立学校に徹底させ、これに従わない場合には厳正に対処することを要望いたします。

 四、国民としての自覚と誇りを養うことは、義務教育ならびに公立学校の重要な任務であります。この点から見て、人権教育に名を借りた反日自虐教育が行われないようにしっかり各学校を監督すること。また、総合学習の時間が特定の思想に偏らないように、しっかりと監督することを要望いたします。

 公立学校の教職員は「公務員」であります。しかも、次代を担う子どもたちの遵法精神を養い、公共の秩序を維持するという重大な使命を有する人々であります。このような人々が不正な公金の支出を当然のこととし、法的拘束力を有する『学習指導要領』を踏みにじるようでは、社会秩序は崩壊してしまいます。この点を厳粛に受けとめられ、右に掲げた私どもの要望を実現していただきたいと存じます。
  日本会議三重
 平成十一年十二月六日
三重県教育長 中 林 正 彦 殿

 この要望書は十二月六日に、佐野方比古・日本会議三重運営委員長らによって中林教育長に手渡された。中林教育長は、佐野氏らに対して、県教委として誠実に対応していくと述べた。しかし、三教組の圧力も予想される中、県教育長はどの程度市民の要望に応えてくれるのだろうか。(つづく)
[PR]
by nitta_hitoshi | 2006-09-30 09:04 | 雑誌

不正出張は不正な公金支出ではないのか


 さて、教育長の対応の早さは、三教組ばかりでなく、私たちをも驚かせた。そして、かえって、「教育長はこの問題をさらに追求する覚悟があるのか、それとも、これで一件落着にするつもりなのか」との疑念が生じた。こんな大問題を一片の通知だけで、過去に対する何の処分もなしに片づけられ、「喉元すぎれば」で、復活されてはたまらない。

 とりあえず、不正出張の確実な証拠集めが必要だと考え始めた頃、各地の市民から、情報公開条例に基づいて開示された、執行委員のいる公立学校の時間割が松浦氏のもとに届き始めた。現在、三教組の中勢高支部に属する高校、津支部に属する小中学校、伊勢支部に属する小中学校の時間割が手に入り、いずれにおいても、執行部・執行委員には、午前中しか授業が組まれていないことが判明している。これらの資料を証拠として、さらに住民監査請求や議会請願を行うという広島の運動を手本とした活動を展開していこうということで、みんなの話がまとまった。

 だが、それにしても時間がかかる。何かよい手はないか。

 みんなで智恵を絞っていた矢先、天佑神助とでも言うべき、ある男性からの投書が舞い込んできた。その投書には、十一月三十日付産経新聞主張欄「税金ムダ遣い・悪質なケースは刑事告発を」が同封されていた。

 この論説は、会計検査院が公表した「平成十年度決算に関する検査報告書」(ムダ遣い白書)を取り上げて、「教育の問題についても、児童・生徒数の減少にもかかわらず、義務教育国庫負担金の総額が二兆八千億円前後で高止まりしている現状を示し、高齢化の目立つ教育職員構成の改善や小規模校の適正配置などを提起した。“聖域化”している教育分野に財政負担の面から切り込んだ点は評価できる」と論評していた。

 この論説のコピーに添えられた短い手紙には、「松浦先生の論文にある不正出張は、税金の不正支出に当たるのではありませんか。あらゆる法の網の目をくぐり抜けたアル・カポネを捕まえたのは『脱税』です」と書かれていた。この投書を見た瞬間、私たちの目からウロコが落ちた。これまで、私たちは、勤務時間中の組合活動を「不正出張」と呼んできた。

 しかし、それは膨大な額の「税金の不正支出」だったのだ。

 この観点から、試算してみるとこうなる。三重県において、組合の執行部・執行委員は、ほぼ「毎日、午後」不正な組合活動を繰り返している。つまり、彼らが職務に専念しているのは勤務時間の半分だけということになる。したがって、年俸の半分は不正に取得していることになる。年俸の平均を仮に六百万円とすれば、一人当たり、毎年三百万円の不正給与を受け取っているというわけだ。

 ところで、三重県には、二十六の組合支部があり、一支部あたり、約十名、つまり二百六十名ほどの教員が、組合執行部・執行委員となっている。

 したがって、不正支出の総額は、三○○×二六○で、約八億円にものぼることになる。義務教育課程の公立学校の教員の給与は、国と自治体が半分づつ負担しているから、大ざっぱに言って半額の四億円は会計検査院の検査対象に属するはずである。

 しかも、勤務時間中の組合活動は、執行部・執行委員の活動に限らない。一般の教員も「青年部」「婦人部」等々の活動を勤務時間中に行い、これを各学校長は校長権限で許可している(その証拠を示す組合からの校長宛の文書は校長室や職員室に無造作に置かれているという)。

 さらに、組合と友好的な団体の行事への旅費が公費から支出されている例もあるようだ。その行事への動員を要請する、ある執行委員長から各職場委員に宛てた文書には「参加者から校長に申し出て、校長の判断で『出張』または『研修』の扱いを受ける事ができますので、旅費は学校請求になります!(県教委と三教組とで確認済み)」と書かれている。このような事例を合算していくと、軽く十億円を超えてしまうかもしれない。

 しかも、これはわずか一年間の額である。この不正が繰り返されてきた歳月を思うとき、愕然とするのは私たちだけではあるまい。

 このような試算に基づいて、私たちは、この事実を会計検査院渉外広報室に文書で知らせ、調査を依頼した。ある地方公務員にこの話をしてみたところ、「あそこ(会計検査院)は公務員にとって涙がちょちょぎ出るほど恐ろしいところです。民間人にとってのマルサと同じ。ここが動いたら、もうお仕舞いですわ」とさも恐ろしげな表情をしてみせたのだが、本当だろうか。

 それはともかく、果たして市民の問いかけに応えて会計検査院は動いてくれるのか。それとも、金額・違反者の多さを前にしてたじろぐのか。私たちは今後の展開を大いに注目しているのだが・・・。(つづく)
[PR]
by nitta_hitoshi | 2006-09-28 08:14 | 雑誌

 教育委員会はどこまで本気で取り組むのか。


 不正出張を正すのは当然すぎるほど当然である。これは労働慣行だ、などという言い訳は通用しない。「一回の詐欺は犯罪だが、常習なら犯罪ではない。一人の万引きは犯罪だが、集団万引きは犯罪ではない」と言っているのと同じで、不正はいくら積み上げても不正なのだ。
中林教育長の行動は素早かった。早くも十一月二十四日に県立学校長・各教育事務所長・市町村等教育委員会教育長に対して、次のような文書を出した。

〈勤務評定の適正化と教職員の服務規律の確保について(通知)〉
 このことについては、かねてから注意を喚起しているところですが、学校職員の勤務成績の評定及び勤務時間における職務専念義務について不適切な実態があるとの指摘があります。学校に対する県民の関心がますます高まるなか、かかる実態が過去からの慣行により行われている場合には、早急に是正を図り、県民の期待に応える必要があります。貴職におかれては、下記事項により、勤務評定の適正化と教職員の服務規律の確保を図られるよう通知します。なお、市町村等教育委員会にあっては、このことについて貴管内各学校長にその趣旨の徹底を図られるよう願います。

 1、勤務評定の実施にあたっては「三重県市町村立学校職員の勤務成績の評定に関する規則」「三重県立学校職員の評定に関する規則」に則り、適正に行うこと。
 2、職員は、勤務時間中は職務に専念しなければならないものであること。なお、勤務につかない場合には、事前に適切な手続きをとること。

 確かに、教育長の対応の早さは評価できる。しかし、内容は至極平凡、しかも、新聞では「通達」とあったものが、実際には「通知」(罰則がない)に格下げされている。ただ、そうはいっても、三教組にとって、この通知はやはり「寝耳に水」だったのでないか。なにしろ、彼らは今年の六月にこんな文書を出していたのである(「津市情報公開条例」に基づいて入手)。

一九九九年六月二九日
津市教育委員会教育長 田中 彌様
三重県教職員組合津支部 執行委員長 池田淳二
〈一九九九年度「勤務評定」に関する要望〉
表題の件につき、下記のように要望します。

1、勤務評定を廃止すること
2、勤務評定を廃止できない場合、次の点につき、周知徹底をはかること
①評定は、オールBとすること。
②記述事項(特記事項、性格、所見等)は、斜線引きとすること。
③指導を受ける方法(形態)に際して
○本人を含む複数指導(公開)とすること
○分会長を中心とした複数の組合員に一覧表を公開すること
④勤務評定の提出にあたって、各市町村教委からの提出は最終日とすること
⑤一二月一日、二月一日実施の勤務評定についても同様とすること

 これまで、組合によって如何に勤務評定が骨抜きにされてきたのかを、この文書は如実に物語っている。それにしても、①が全県的に行われていることはすでに周知の事実である。それでは、②③④⑤はどうなのか。「分会長を中心とした複数の組合員に一覧表を公開すること」との要求まで呑んでいたとすれば、「勤務評定の実質的作成者は組合員」ということになる。(つづく)
[PR]
by nitta_hitoshi | 2006-09-27 09:02 | 雑誌
 『正論』十二月号〈平成11年〉掲載の皇學館大學助教授・松浦光修氏の論文がついに県議会で取り上げられた。浜田耕司県議らが、「オールB・開示」「勤務時間内の組合活動」について、中林正彦県教育長を質したのである。松浦氏が指摘した三重県教育の問題点が、県政の課題として取り上げられることになった。大変動の予兆がここかしこで見えてきたのである。その渦中にある者として、現在、三重県の教育正常化運動に取り組んでいる人々が、何を考え、どう行動しているのかをレポートしてみたい。

 十一月十九日の産経新聞(三重版)によれば、「浜田耕司委員(自民)が『勤務評定で無差別にオールBにしているというが、本当か』とただしたのに対し、中林(正彦)教育長が『すべての学校ではないが、(指摘の事実はあるので)早急に是正措置を取りたい』とした。また芝博一委員(県政会)も『県教委改革を叫ぶなら、実態が分からないと議論できない。何割がオールBで、何割がそうでないのか、具体的な数字を示せ』とし、県教委も提出を約束した」という。
 また翌二十日の同紙によれば、北川正恭・三重県知事は「県教委の県教育行政システム改革で、一律の勤務評定問題などが議論されていることに関して、一義的には教育長の問題としながらも、『今は生活者起点の時代で、(改革は)一気には変わらないだろうが、三教組さんなどが自ら積極的に変革し、エクセレント(ほまれ高いもの)に成長してほしい』と述べた」と述べている。

さらに、同二十三日の同紙は、「三重県の公立学校の教職員が、勤務時間内に県教職員組合(三教組)の活動をしていることが二十二日、県議会予算特別委員会で指摘され、中林正彦県教育長は、事実を認めたうえで、『組合活動は勤務時間外にすべきとする通達を今週中にも出す』と改善を表明した。委員会では、萩原量吉委員(共産)が『県教委が電話連絡で、組合活動を勤務時間外にするようにという通達を出すと各現場に連絡しているが、教職員の組合活動には教育研修も含まれており、強圧的な通達は現場を混乱させるだけ』とただした。中林教育長は、『長年の労使の慣行として、(勤務時間内活動が)あったようだが、ただすべきはだだすとして通達する』と述べた。萩原委員は『なぜ、堂々と委員会に発表せずに、こそっとやろうとしているのか』などと訴えたが、中林教育長は、委員会後に、『通達は今週中にも正式に出す』とした。さらに、中林教育長は産経新聞の取材に対し、『方法論として、不正な年休を廃止し、正当な組合活動をしてもらうため、組合専従者を増やすなどの改善策を三教組に提案していきたい』と述べた」と報じている。(つづく)
[PR]
by nitta_hitoshi | 2006-09-26 07:04 | 雑誌
 十一月一日発売の『正論』十二月号に「広島よりひどい“日教組王国”の惨状」という強烈なタイトルの論文が掲載された。中を開いてみると、さらに「勤評『オールB』、『不正出張』は当たり前。反日・自虐教育もやり放題」との辛辣な文句が踊っている。筆者は、皇學館大學助教授・松浦光修氏。そして、松浦氏が語っているのは、我が皇學館大學が存在する三重県の公教育の惨状である。

ここでその概要を簡単に要約すれば、次のようなものである。まず、「オールB・開示」。職業には業績評価がつきものであるが、教員にあっても学校長がそれをつけることになっている。いわゆる「勤務評定書」である。ところが、これが、三重県教職員組合(以下、「三教組」)による闘争の成果として、三重県においてはその記入がすべて「B」に統一され、しかも、校長が間違いなく「B」をつけていることを教員が確かめられるように、各教員に開示されているというのである。教師が生徒の監視の下ですべての生徒に同じ成績をつけている有り様を想像していただければ、その異常さはすぐにご理解いただけよう(この問題は、十月三十一日の産経新聞大阪版に一面トップで取り上げられた)。

次に「不正出張は当たり前」であるが、これは「三重県内の公立学校では、各地域の学校の『持ち回り』や『推薦』で三教組の『執行委員』が選出されるが、選出された委員は、年度当初から午前中の授業しか組まれない。『執行委員』は、・・・基本的には午後は、その地域の組合支部で、三教組関係の仕事に忙殺されている。つまり組合活動が、学校の授業計画よりも優先されている」というのである。公共団体ではない教職員組合の活動は、基本的に、個人的な趣味の活動と変わらない。趣味を持つことはもちろん個人の自由であるが、それを「正規の勤務時間中」に行い、その上さらに「正規の給与」が支払われているとなれば話は別である。しかも、生徒の学力低下が全国的な問題となっているにもかかわらず、である。

 最後に「反日・自虐教育もやり放題」であるが、三重県下のある中学校では、「人権学習」の時間に、近代における日本と朝鮮との関係を題材として、「日本人に内在する残虐性」を生徒に印象づけるために、「細かい歴史的事実の相関関係よりも、日本が自国の利益のためにアジア、とりわけ朝鮮の人々に甚大な犠牲を強いたその身勝手さ、酷さが伝わればよい」という趣旨の授業が、実際に行われているというのである。まさしく「惨状」というほかないが、これ以上の詳しい実態については松浦論文を読んでいただきたい。
 ところで、この論文を読んで私が即座に思い出したのは、以前に本紙上で松浦氏が、『正論』七月号の「全国高校教育偏向度マップ」に対応して書かれた「無惨やな神の御もとの教育界」(本紙六月二十八日)の中の次の一節である。

 「三重県の教育界の現状をつきつけられたとき、『そのことは、わが大学とはまったく関係がない』などとは、さすがにチョット言えない気がするからである。なんとも複雑な心境であるが、あくまでも力が足りなかったという意味において、その責任の一端がわが大学にもあることは、残念ながら、ある程度は認めなければなるまい。ふつう、私のような立場の者の場合、そういう報道や言論に対しては、放置しておけばよいのかもしれない。それは自己の不名誉にこそつながれ、けっして名誉にはならない内容であるし、そんなものを、あらためて紹介してみたところで、いったい何になるのか、というようなお叱りも、各方面から受けそうである。しかし私は、最近つくづく思う。自己の直面する大きな問題には見て見ぬふりをし、他人ごとの問題ならば安心して議論する、そんな空気が三重県の教育界のみならず、じつはさまざまな局面で、いまの日本の諸状況を、どんどん腐食させていっている大きな原因の一つなのではないか、と。」

 「松浦さんは、自らの批判を自分自身で受けとめて、自らの言葉を生きようとされているんだな」。これが私の率直な感慨であった。
 そして、「皇學館も教員養成を行っているはずだ。こんな日教組批判を書いて大丈夫なのか」との声が聞こえてきそうだな、とも思った。もちろん、松浦氏もそのことは予想されたであろう。しかし、その心配を抑えて、敢えてこのような論文を書かれた心情を推測すれば、「“本音と建て前を使い分けて巧みに生きていきたい”という強烈な自己保身本能との対決を避けて“皇国の道義”を講じても虚しい」ということではなかったかと思う。

ここで、読者にお考えいただきたいのは、これはひとり教員養成機関だけが抱える問題ではなく、神社界にもかかわる問題であるということである。神社界は平成十一年度から十三年度の「教化実践目標」の一つとして「国旗・国歌の一層の定着化に向けた啓発活動につとめる」ことを掲げている。この目標を真に実現しようとすればどのようなことが予想されるであろうか。個々の神社の中には、氏子の中に教員が多かったり、日教組の幹部が含まれているところもあるであろう。このようなお社にあっては、多様な価値観を有する氏子をまとめつつ、しかも教化実践目標に応えるというのは、実に困難なことであろうと思われる。

 この難問を解決する巧いやり方は思い浮かばない。ただ、私に言えることは、今まさに盛り上がろうとしている教育正常化の運動が真に実を結ぶためには、関係者一人一人が、その困難さから目を背けることなく、自分が本当に守らなければならないものは最終的に何なのかを見定め、深い内省の中で自らの出処進退を定めて行く以外にはないであろうということだけである。
[PR]
by nitta_hitoshi | 2006-09-25 14:20 | 新聞

平成18年9月23日

 九月六日、悠仁様ご誕生の日、テレビを見ていて印象的だったのは、何と言っても、北海道御訪問中の天皇皇后両陛下の、かつて見たこともないような笑顔。紀子様の「行って参ります」「帰って参りました」という凛としたお言葉。これは国民共通の感覚だと思います。
 ところで、私が個人的に感動したのは、男系維持の大切さをずっと力説してきた八木秀次氏がテレビ朝日に出演中、コメントを求められて、「一国民として大変嬉しく・・・」と言いかけて、感極まって声が震え、涙声になるのを止めようとして絶句した姿でした。八木氏が女性・女系天皇容認反対を唱え出した当初は、保守派の中でも「素人が何を言う」「また、変なことを言い出した」といった扱いで、すぐに賛同してくれる人は少なかったといいます。
 この問題で、毅然たる態度を貫かれた八木氏でしたが、おそらく、心の中では様々な葛藤があったのではないかと思います。しかし、結局、日本の神々は八木氏の言論を祝福されました。その感激と感謝。八木氏の胸を突き上げた感情を私はそんなふうに想像しています。
[PR]
by nitta_hitoshi | 2006-09-23 08:47 | 日記
 九月一日発売の『正論』十月号で、三重県の公立中学校の教諭である渡邊毅氏が「実名」で日教組による偏向教育の実態を紹介し、批判している。渡邊氏は本紙の「やまびこ」欄の執筆に加わっていたこともあり、ご記憶の方もおいでかと思う。その渡邊氏が、産経新聞本年五月の全国偏向教育度調査と、それに触発された松浦光修氏の本紙への投稿(六月二八日「無惨やな神の御もとの教育界」)を真剣に受けとめられて、身を危険にさらして、日教組解体と教育改革の必要性を訴えられた。その勇気に深く敬意を表するとともに、憂いをともにする方々のご支援を心からお願いする次第である。

 三重県の日教組(三教組)が強力であることは関係者の間ではつとに有名なことだったそうだが、一般人にとっては、伊勢神宮の御鎮座地でもあり、皇學館大學出身の教員も多いはずであるから、まさかそんなことはなかろうというのが、なんとはなしの思いだったのではあるまいか。ところが、実態はそうではなく、教育正常化のために努力されて来た人々も、努力の甲斐なく、「県民性だからしかたがない」と半ばあきらめているというのが本当のところのようである。その上、大人しくしている内に皇學館大學出身の教員の間にも日教組的な雰囲気が浸透し、公然と「日の丸」を掲揚することをはばかるような空気が醸成されているという。隠れている内に、隠さなくてもよい場でも、隠してしまうような精神的傾向が身についてしまったのだろう。こうした空気に抵抗することは至難のわざである。

また、自らが生活の糧を得ている場所で、もっとも生活に密着した場所で、改革を提唱し、運動を展開することは極めて大きな精神的苦痛を伴うものである。このことは、自分の身に引きつけて考えてみれば、どなたでも容易に想像のつくことであろう。人間の心理としては、改革運動を行うにしても、自分の実生活の場から出来るだけ離れたところでやりたいというのが本音ではあるまいか。生活がかかった、しかも自分の短所をよく知っている人々の前で改革を唱えることは真に勇気のいることである。いや、嘲笑も孤立無援をもいとわぬ蛮勇がなくしてはできないことである。

 けれども、渡邊氏は単なる蛮勇の徒ではないし、ましてや軽薄な激情家でもない。むしろ、沈思熟考の人である。そのことは、渡邊氏が最近自費出版された著書(『日本の近代と教育』)を一読すれば明らかである(この著書については、いずれ本紙で紹介されると聞いている)。しかも、単なる思考の人ではない。それを実践教育に応用できる人であり、その教育者としての感化力は、三教組ですら、しぶしぶながら認めざるをえなかった。三重県下の新聞各紙の地方欄ですでに紹介済みのことであるが、渡邊氏は、情緒障害と精神薄弱とをあわせもつ生徒を指導して、彼の潜在能力を見事に開花させた。その業績が評価されて、本年一月に、三教組が運営している三重教育文化研究所から、三重教育文化賞を授与されたのである。分別も能力もあり、十五年という教師生活を通じて教育改革の困難さも骨身にしみているであろう人物が、公然と日教組批判を行った背景にはどれほど深い思いが潜んでいるのか、御想像願いたい。

 いじめ問題などで、「集団の雰囲気に負けるな、正義を行う勇気を持て」と指導している教師は多いであろう。しかし、それを自ら実践してみせる教師は、どれほどいるのだろうか。出世などという「利」のために、「義」を犠牲にして恥じない。そんな教師がほとんど、それが現状ではなかろうか。生徒の勘は鋭い。生徒は教師の本音を見抜き、教師の真似をする。生徒は教師がすること以上のことは、決してしないものである。生徒の問題行動は、実は教師の心の姿をみごとに映しだしているのではないか。そう考えると、教育とは真に恐ろしいものである。絶えざる自己観察なくして教壇に立つことはできない。それを忘れて教壇に立ち続けている教師たち。渡邊氏の論文は、そんな人々に対する、身を挺した警告でもあろう。

神社界には、教育に関係しておられる方も多いことと思う。三重県以外の方々も、他人事とは思わずに、どうか御支援をいただきたい。三重は、神宮の御鎮座地であると同時に、日本武尊が命を落とされた地でもある。この地を覆う暗雲を吹き払うことは、並大抵のことではないであろう。そんなことが本当にできるのかどうかは分からない。ただ、はっきりしていることは、教育に携わる者ひとりひとりが、自らの心の中の叢雲を吹き払う決意をしない限り、教育の正常化などということはあり得ないということである(なお渡邊氏は、十月三日午後二時より津市のホテルサンルート津において、教育正常化について講演の予定)。
[PR]
by nitta_hitoshi | 2006-09-23 07:20 | 新聞
 父と母で二人、祖父と祖母で四人、曾祖父と曾祖母で八人。こうやって自分のご先祖様を数え、時代をさかのぼって行くと、鎌倉時代頃には何と一億三千万人以上になり、当時の実際の人口(推定七百万人弱)を軽く越えてしまうのだそうだ。
 ということは、先祖をたどれば日本人はみんな親戚で、私達のご先祖様の誰かは、いつの時代にも、この国のどこかで暮らしていたということになるらしい。その中には、この国の発展に貢献した人がいたかもしれないし、そこまでいかなくても、その時々の国の様子に影響されながら生きていたことだけは間違いない。となると、この国の歴史は、私達と無関係な単なる時間の流れや出来事の羅列ではなく、自分の命に連なるご先祖様たちの記録ということになる。

 これが分かると、子供達は日本の歴史を「わがこと」と感じて、とても熱心に勉強するようになるのだそうだ。そんな素晴らしい授業をしている先生がいることを、最近、斎藤武夫著『学校でまなびたい歴史』(扶桑社)を読んで知った。

 ところで、戦国時代の我がご先祖様たちについて、『最新日本史』(明成社)という高校の教科書には、興味深い記録が載っている。口語になおしてみると、ざっとこんな具合だ。
「異教徒の中で日本人以上にすばらしい人々はいないだろう。日本人は礼節を重んじ、善良で悪い心を懐かず、何よりも名誉を重んじるのは驚くべきことだ。彼らは貧乏だが、武士も、武士でない者たちも、貧乏を恥ずかしいことだとは思っていない」
 これはキリスト教を広めるために日本にやってきたフランシスコ・ザヴィエルが本国に書き送った手紙の中の一節である。戦国時代と言えば、弱肉強食、何でもありの無法時代のように思っていたが、その時代でも、我がご先祖様たちは、信仰を広めるために世界の裏側までやってきた宣教師を驚かせるほどの「徳」を備えていたらしい。

 ひるがえって、今の世情に目をやれば、「平和憲法」の下で「人権教育」花盛りなのに、凶悪犯罪は急増し、犯罪検挙率は世界最低に落ち込み、お小使いほしさにパンツやオシッコまで売る少女や、それを買う情けない大人まで現れてきた。たしかに、物だけはどの時代よりも豊かなのだろうが、何だかちょっと恥ずかしい。
[PR]
by nitta_hitoshi | 2006-09-22 09:03 | 心のシンフォニー

平成18年9月22日

18日から21日まで、松浦先生とゼミの学生をつれて、鹿児島・熊本・長崎の研究旅行に行ってきました。知覧の特攻平和記念館、南洲墓地・南洲神社、田原坂(西南の役の激戦地)などを見学するのが目的で、毎年この時期に行っているものです。。
 この旅行では、出発が9・11テロの翌日だったり、鹿児島湾で引き揚げられた北朝鮮の工作船を見たり、と何かしら印象深いことが起きるのですが、今年は、熊本港から島原港にわたるフェリーに乗っている最中に「安倍新総裁」が誕生しました。
 個人的には、特に平成11年以来、毎年さまざまな困難に直面していますが、この時期に特攻隊員の遺書や西郷さんの事績に触れることで、勇気づけられ、新たな力をいただき、夏の疲れを癒して秋の陣に向かう。そんな感じです。
[PR]
by nitta_hitoshi | 2006-09-22 09:01 | 日記
 平成25年第62回神宮式年遷宮に向けて、伊勢の町では今年から神宮に御用材を運び込む「お木曳き行事」がはじまります。陸や川を曳かれていく御用材を思い浮かべると、私の頭には同時に明治天皇のお姿が浮かんできます。

 明治37年のことですが、内務大臣芳川顕正と宮内大臣田中光顕は、御用材の確保が困難になったことを理由に、神宮の建築様式を、土中に直接柱を立てる掘立様式から、コンクリートの土台の上に基礎石をおいて柱を立てる様式に変更したい旨を上奏しました。20年毎の御用材の確保が難しくなってきたので、神宮の建築様式をもっと柱が長持ちする近代的なものに変えたい、というわけです。

 しかし、明治天皇はこれをお許しになりませんでした。「材木が足りなくなって来たからといって、その事情に合わせて、神宮の古来の建築様式を改めるのではなく、古来の様式を守る方策を先ず考えるべきだ」とのお考えだったのでしょう。必要な材木の確保の方法を宮内省御料局(後の帝室林野局)に御下問になったのです。こうして、明治39年、長野県の木曽の山に御用材育成のための広大な「神宮備林」が新たに設定されました。平成二十五年の式年遷宮の御用材もそこから切り出されることになっています。

 私がこの明治天皇のご努力を思い出したのには、もう一つ理由があります。昨年11月24日、「皇室典範に関する有識者会議」は、将来の皇位継承を安定的なものにする方策として、初代の神武天皇以来125代・約2千年の間一貫して守られてきた「皇位の男系継承」の大原則を変更して、「女系天皇容認」「長子優先」を原則とする皇室典範の改正を小泉首相に答申しました。私には、それがかつての芳川内相や田中宮相の上奏に重なって見えたのです。

 「男系継承」が古来の大原則とはいえ、それを変えなければ皇室が消えてなくなってしまうというのであれば、それは致し方ないことでしょう。しかし、皇位継承の安定化のためには、まだ別の方策が残されています。敗戦の時に占領軍によって強引に皇族の身分を剥奪された旧宮家の人々に皇族としてお戻りいただくという方法です。この問題についての今上陛下のお考えはどのようなものなのか、私には知る由もありません。ただ、明治天皇のご努力に思いを致すと、「神宮備林の設定」と「旧皇族の復帰」とが、私には本質的なところで繋がっているように思えるのです。
 
[PR]
by nitta_hitoshi | 2006-09-13 21:34 | 心のシンフォニー