新田均のコラムブログです


by nitta_hitoshi
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カテゴリ:心のシンフォニー( 7 )

「私、靖国神社に行ってみたい」。クリント・イーストウッド監督の「硫黄島からの手紙」を見て、小学五年生の長女がそう言い出したので、正月に靖国神社に行くことになりました。「どうせ正月に東京に行くのなら、皇居にも行こうよ」「それなら、一般参賀のある一月二日にしよう」ということで、家族の意見がまとまりました。

午前中に、まず皇居に行ったのですが、人が多いのに驚きました。中にに入っていく時には、立ち止まると将棋倒しになって危険なので、「立ち止まって写真を撮るのはおやめ下さい」と再三言われ、二重橋の前で記念写真を撮ることもできませんでした。外国人も多くて、「なんで外国の人まで、お正月にこんなに天皇陛下に会いに来るんだろうね」と娘は不思議がっていました。

 天皇陛下がお出ましになった時には、私たちの前に背の高い韓国人が二人いたために、私は娘と息子を変わるがわる持ち上げて、皇族方のお姿を見せるのにてんてこまいでした。「日の丸」の小旗が多いのは嬉しいのですが、みんなが振ると御皇族のお姿が見えにくくなって困りました。

 午後に行った靖国神社では、大鳥居からずらっと出店が並び、やはり人出が多くて、お祭りのようでした。猿回しや琴の演奏など、とても賑やかで華やいだ雰囲気でした。遊就館(附属博物館)も人がいっぱいで、ここでも外国人が多いのに驚きました。でも、一部のマスコミ報道から受ける印象のように、彼らが展示内容に反発を感じていたり、日本人の敵愾心に恐怖を感じているといった様子ではありませんでした。日本人も外国人もみんな静かに、興味深げに展示に見入っていました。

 本当は明治神宮にも行きたかったのですが、展示を見ていたら時間が無くなってしまいました。展示室を出て売店に行くと、娘と息子がよってきて、「お父さんの本(『首相が靖国参拝してどこが悪い!!』)もあるよ。今、手にとって読んでる人がいるんだけど、買ってくれるといいね」と言うので、みんなで買うように祈ったら効果がありました。「サインしましょうかって言ってみようか」と言ったら、「変な人だと思われるからよしてよ」と子供達に止められました。

 私は、高校を卒業してから就職するまで、十一年間東京にいたのですが、帰省していて正月の皇居や靖国神社の様子は知りません。今回、娘のお陰でそれを体験できました。百聞は一見にしかず。皆さんも行ってみられてはどうでしょうか。日本人の心の奥にあるものを垣間見る機会になるかもしれません。
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by nitta_hitoshi | 2007-01-18 22:15 | 心のシンフォニー
 今月[平成16年1月]八日の本紙を見ていたら、「ただ一人の島守」と題し、玄界灘の孤島、沖ノ島で、十日交代で宗像の神を祭っている若い神職(二七)が紹介されている記事が目に止まった。地元の漁師から「宗像先生」と呼ばれて尊敬されているという。

 “若いのに立派な神主もいるものだ”と思いながら読んでいくと、「皇學館大学卒、長野県出身」。“あれ、うちの出身者だ。その上、私と同郷だ。まてよ”と思って名前を確認してみると、元の指導学生で、私が野球部の顧問をしていたとき部員だった学生であることを思い出した。

 その彼が、縄文時代以来の祭祀遺跡が存在し、「神話そのもの」とも言える孤島、密入国者が上陸することもあるという国境の島で、ただ一人、島守と防人とを兼ねながら、台風の時も吹雪の時も海で禊をする、という生活を続けているらしい。

年始に里帰りして、暖衣飽食の休暇を過ごし、まだおとそ気分も抜けないままに新聞を読んでいた私は、頭に冷水を浴びせられたような気持ちになった。

そう言えば、安定思考の仲間達にまじって、神職を志す学生の中には、祖先が伝えてきた祭りを守るために、あえて離島などに行くことを希望する者が時々いる。ある学生に、「この前、西郷隆盛について講演しに鹿児島へ行って来たよ」と話したら、「そうですか。実は、ボクの祖父の家は、西郷さんが島流しになっていた沖永良部なんです。西郷さんが牢屋に閉じこめられている様子が像になっていますよ。ボクは将来、そこに行って神主をしようと思っているんです」。祖父の後を継ぐために離島へ行く。これに似たような話は、他の学生からも聞かされたことがある。

 全国神社の大多数は、神主が何人もいるような大社ではない。むしろ、一人の神主が何社も兼務していたり、他の職業につきながら祭祀を維持している小さな神社が大多数だ。だから、“都会で、収入が安定していて・・・”などという考えの若者ばかりになれば、大多数の神社は滅んでしまう。

 そうならないように、神を敬い、祖先を尊び、奉仕の精神に富んだ若者を育てる。そのために教育に従事しているわけだが、実際に、そのような人生を選択する若者を目の当たりにすると、頭の下がる思いになる。心底「偉い」と思う。「彼らの選択に恥じないように、自らも励まなければ」と、新年の思いを新たにした。
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by nitta_hitoshi | 2007-01-14 09:04 | 心のシンフォニー
「“日本の美”などどと言われても、正直いって、よく分からない」と、ずっと思っていた。
 そんな私が、十一月のはじめ、古都の美をたずねる、「あたらしい歴史教科書をつくる会」主催の奈良・京都旅行に参加した。美術史の世界的権威である田中英道・東北大学教授が選りすぐった逸品だけを、田中氏自らの案内でめぐる、という企画だった。「本当に良いものを見れば、誰だって感動するよ」という誘い文句に、「もしかしたら、私でも・・・」と思ったからだ。

 めぐった所、見たものは、法隆寺の金堂・五重の塔・百済観音、新薬師寺の十二神将、興福寺の八部衆・十大弟子・金剛力士・十二神将・無著世親、東大寺の四天王・不空羂索観音・日光月光菩薩、平等院の鳳凰堂・雲中供養菩薩、六波羅密寺の空也上人・平清盛、三十三間堂の二十八部衆(婆薮仙人や摩和羅女ほか)など。

 確かに感動した。一流のものをだけを、一流の見方を教えられて眺めれば、意識の底に眠っている美を感じる心が目を覚ます。伽藍を歩む一歩ごとに姿を変える法隆寺金堂と五重の塔、その絶妙のバランス。怒りという感情を美にまで高めた十二将たち。老いの持つ奥深さを宿した婆薮仙人や摩和羅女。古代の日本に、これほど精密で、精神性と個性に富んだ美の表現があったとは・・・。

 じっと立ち止まって、そんな感慨にふけっている私たちの傍らを、ぞろぞろと多数の修学旅行生たちが通り過ぎていった。良いものと拙いものとの区別を教えられず、ただ古いものがいっぱい並んでいる前を、数珠つなぎになって。彼らの心に、以前の私のような偏見が埋め込まれなければよいのだが・・、と思った瞬間、まったく別の考え浮かんできた。

 偏見を持とうが、どうしようが、ともかく私は、強制的にでも、古いもの、良いものに接する経験を学校によって与えられた。だからこそ、今、改めて古都を訪れてみようと考えることもできたのだ。しかし、修学旅行がスキーだったり、デズニーランドだったりする子供たちは、その機会すら与えられないままに大人になっていく。

 それは「日本人の心のふるさ」を自称する伊勢にとっても、けっして他人事ではないだろう。「心のふるさと」が、むなしい絵空事に聞こえる時代が、もうすぐそこまで来ている(なお、田中英道氏が古都の美術品をランクづけした本『古都の美をめぐる』が扶桑社から発売されている)。
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by nitta_hitoshi | 2007-01-04 06:33 | 心のシンフォニー
 九月二十六日の本紙報道によれば、自民党幹事長に就任した中川秀直氏は、記者会見で、民主党に教育基本法改正案の修正協議を呼びかけ、「応じるか否かで、前国会での(民主党の)対案提出が国民向けのポーズなのか、支持母体(日教組)の既得権益を守ることにあるのか明らかになる」と述べ、政調会長に就任した中川昭一氏も、民主党の支持基盤である地方公務員の違法な政治活動に罰則をつけるため、地方公務員法改正などを検討する、ということです。

 いずれにしても、安倍総理のもで、教育公務員が、職務以外で、あるいは職務専念義務を無視して行ってきた様々な行為・慣行が見直され、厳しい批判の対象になることは間違いないようです。

 それにもかかわらず、なにか勘違いをして、先日、東京地裁が下した違憲判決(東京都教育委員会が、国旗・国歌への起立・斉唱を教員に義務づけたのは違憲で、拒否した教員を処分したのは違法とした判決)などを、まだ喜んでいる者がいるは不思議です。

 ほとんどの教員の本心は、よき環境の中で教育に専念できることであって、決して、選挙活動や政治活動に時間を奪われることではないでしょう。しかも、機関決定ということで、不本意な政策や、票ほしさのために仮面をかぶっている候補を応援しなければならないなどということは、たまらないことだと思います。

 その意味で、選挙や政治活動の禁止は、一時的には不愉快なものであって、長い目でみて、本質的には教員のためにもなる、よき改革だろうと思います。

 他方で、現在、文科省と厚労省で、三二八億円の予算ですすめている「放課後子どもプラン」については、一考が必要だと思います。これは、学校の空き教室などを利用し、教員のOB等を活用して、全国約四万カ所に放課後や週末に子供を預かる施設を設けようというもので、学力、防犯、少子化対策のためだとされています。

 しかし、実際には、これから大量に退職になる教師たちの再雇用策というのが本音だという噂もあります。とすれば、すでにすぐれた教育実績をつんでいる民間塾などを圧迫するだけで、ほんとうに子供達のためになる創造的な事業にはならない可能性があります。そこで、民間にも門戸を開放して競争原理を取り入れるとか、官民の区別なく生徒一人あたり一定の補助金を支出するバウチャー制度を導入するとか、公務員OBの特権事業にしないための工夫が必要でしょう。
 
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by nitta_hitoshi | 2006-10-04 23:33 | 心のシンフォニー
 父と母で二人、祖父と祖母で四人、曾祖父と曾祖母で八人。こうやって自分のご先祖様を数え、時代をさかのぼって行くと、鎌倉時代頃には何と一億三千万人以上になり、当時の実際の人口(推定七百万人弱)を軽く越えてしまうのだそうだ。
 ということは、先祖をたどれば日本人はみんな親戚で、私達のご先祖様の誰かは、いつの時代にも、この国のどこかで暮らしていたということになるらしい。その中には、この国の発展に貢献した人がいたかもしれないし、そこまでいかなくても、その時々の国の様子に影響されながら生きていたことだけは間違いない。となると、この国の歴史は、私達と無関係な単なる時間の流れや出来事の羅列ではなく、自分の命に連なるご先祖様たちの記録ということになる。

 これが分かると、子供達は日本の歴史を「わがこと」と感じて、とても熱心に勉強するようになるのだそうだ。そんな素晴らしい授業をしている先生がいることを、最近、斎藤武夫著『学校でまなびたい歴史』(扶桑社)を読んで知った。

 ところで、戦国時代の我がご先祖様たちについて、『最新日本史』(明成社)という高校の教科書には、興味深い記録が載っている。口語になおしてみると、ざっとこんな具合だ。
「異教徒の中で日本人以上にすばらしい人々はいないだろう。日本人は礼節を重んじ、善良で悪い心を懐かず、何よりも名誉を重んじるのは驚くべきことだ。彼らは貧乏だが、武士も、武士でない者たちも、貧乏を恥ずかしいことだとは思っていない」
 これはキリスト教を広めるために日本にやってきたフランシスコ・ザヴィエルが本国に書き送った手紙の中の一節である。戦国時代と言えば、弱肉強食、何でもありの無法時代のように思っていたが、その時代でも、我がご先祖様たちは、信仰を広めるために世界の裏側までやってきた宣教師を驚かせるほどの「徳」を備えていたらしい。

 ひるがえって、今の世情に目をやれば、「平和憲法」の下で「人権教育」花盛りなのに、凶悪犯罪は急増し、犯罪検挙率は世界最低に落ち込み、お小使いほしさにパンツやオシッコまで売る少女や、それを買う情けない大人まで現れてきた。たしかに、物だけはどの時代よりも豊かなのだろうが、何だかちょっと恥ずかしい。
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by nitta_hitoshi | 2006-09-22 09:03 | 心のシンフォニー
 平成25年第62回神宮式年遷宮に向けて、伊勢の町では今年から神宮に御用材を運び込む「お木曳き行事」がはじまります。陸や川を曳かれていく御用材を思い浮かべると、私の頭には同時に明治天皇のお姿が浮かんできます。

 明治37年のことですが、内務大臣芳川顕正と宮内大臣田中光顕は、御用材の確保が困難になったことを理由に、神宮の建築様式を、土中に直接柱を立てる掘立様式から、コンクリートの土台の上に基礎石をおいて柱を立てる様式に変更したい旨を上奏しました。20年毎の御用材の確保が難しくなってきたので、神宮の建築様式をもっと柱が長持ちする近代的なものに変えたい、というわけです。

 しかし、明治天皇はこれをお許しになりませんでした。「材木が足りなくなって来たからといって、その事情に合わせて、神宮の古来の建築様式を改めるのではなく、古来の様式を守る方策を先ず考えるべきだ」とのお考えだったのでしょう。必要な材木の確保の方法を宮内省御料局(後の帝室林野局)に御下問になったのです。こうして、明治39年、長野県の木曽の山に御用材育成のための広大な「神宮備林」が新たに設定されました。平成二十五年の式年遷宮の御用材もそこから切り出されることになっています。

 私がこの明治天皇のご努力を思い出したのには、もう一つ理由があります。昨年11月24日、「皇室典範に関する有識者会議」は、将来の皇位継承を安定的なものにする方策として、初代の神武天皇以来125代・約2千年の間一貫して守られてきた「皇位の男系継承」の大原則を変更して、「女系天皇容認」「長子優先」を原則とする皇室典範の改正を小泉首相に答申しました。私には、それがかつての芳川内相や田中宮相の上奏に重なって見えたのです。

 「男系継承」が古来の大原則とはいえ、それを変えなければ皇室が消えてなくなってしまうというのであれば、それは致し方ないことでしょう。しかし、皇位継承の安定化のためには、まだ別の方策が残されています。敗戦の時に占領軍によって強引に皇族の身分を剥奪された旧宮家の人々に皇族としてお戻りいただくという方法です。この問題についての今上陛下のお考えはどのようなものなのか、私には知る由もありません。ただ、明治天皇のご努力に思いを致すと、「神宮備林の設定」と「旧皇族の復帰」とが、私には本質的なところで繋がっているように思えるのです。
 
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by nitta_hitoshi | 2006-09-13 21:34 | 心のシンフォニー
古い文章で申し訳ないのですが、平成15年6月からはじまった「産経新聞」三重版の「心のシンフォニー」という欄に書いたエッセイをしばらく載せて行くことにします。

新田均

 わずか三年ほどの間だが、大学の野球部の顧問をしたことがある。その時に、「先輩達が残した借金をどうするか」というとこが大問題になった。大学から支給されるクラブ費がわずかなために、代々の学生たちはアルバイトで道具代を賄ってきたが、それでも足りずに用品店に借金をし続けていたらしい。それが、後へ後へと繰り越されていく内に、もう何を買ったかも分からないような借金が何十万円にも膨らみ、一度清算しなければこれ以上は何も買えないという状態になっていた。

「どうしたらいいでしょうか」と学生から相談されたのは、顧問就任二年目のことだった。そこで、部員達を集めて相談することにしたのだが、その借金は、私にとっても、その時の在学生たちにとっても、「俺達のせいじゃないよ」と言いたい代物だった。しかし、話し合いの結果、学生たちはこんな結論を出した。
「みんなで一斉にバイトをして返そう。自分たちの練習時間を犠牲にするのは不本意だが、野球部の存続には代えられない」
彼らは大した試合成績こそ残さなかったものの、借金を清算し、立派にクラブを後輩たちに受け渡して卒業していった。そんな彼らを、私は今でも密かに誇りに思っている。

 歴史を学んでいると、彼らのように、必ずしも自分たちの責任ではない苦労を、まじめに背負ってくれた名もない人々が沢山いたことに気づく。そのような人々こそ、この国の存続と繁栄を支えてきたもっとも大切な「インフラ」だったと思う。だが、その「美質」を、今の私たちは急速に失いつつあるような気がしてならない。
濡れ手に泡の大儲けを夢見た果ての不良債権の山。後へ後へと先送りされ、もはや庶民の想像をはるかに超えてしまった国の膨大な借金。昨年六月の統計では、赤ん坊まで含めて、国民一人当たりの借金が過去最悪の477万円にも達しているという。それでも、まだまだ国の金で「景気を回復してもらいたい」「老後の福祉を充実して欲しい」などという虫のいい願いを棄てきれない者が多い。

 だが、ツケを回された世代は、この時代の大人たちの老後をちゃんと支えてくれるだろうか。自らの豊かさだけを追及した世代に、明るい未来や、誇りある老後など、本当にやって来るのだろうか。
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by nitta_hitoshi | 2006-09-13 07:00 | 心のシンフォニー