新田均のコラムブログです


by nitta_hitoshi
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カテゴリ:女系天皇(主に高森さんへの問い)( 24 )

②自らの旧説の否定の隠蔽(5)

この「女系天皇論の非論理性・非歴史性・非倫理性(7)」で、「明治28年7月竣功の『皇統譜』」の中に書かれている「世系」と「皇統」について、小林よしのりさんが言っていることのおかしさを指摘しました。

しかし、前回書いたように、天照大神からはじまる「世系」=神の「霊統」、神武天皇からはじまる「皇統」=人間の「男系の血統」と考えれば何の問題もありません。
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by nitta_hitoshi | 2012-06-25 20:43 | 女系天皇(主に高森さんへの問い)
②自らの旧説の否定の隠蔽(4)

前回、「誓約」についての高森さんの新説の前提となっている先入観の二つ目として「皇祖神とその子孫との関係は、人間の血縁関係と同じものと考えなければならない」という考えを指摘しました。これと一番目の「直系」思想が結び就くことで、高森さんは、大変無理な神話解釈を試みなければならない羽目に陥ってしまいました。

スサノオノミコトが生んだ子(人間に当てはめれば直系の子孫)であるオシホミミノミコトを、天照大神の物実によって成ったという(人間の血縁関係には決して当てはまらない)理由で、天照大神の直系の子孫と見なすという無茶な解釈がそれです。

しかし、そもそも、天照大神と歴代天皇との関係を人間の血縁関係で考えるのではなく、葦津氏のように、神代と人代、霊と肉体とを区別する、すなわち、「霊統」と「血統」とを区別して考えれば、そんな苦しい解釈を持ち出す必要はありません。
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by nitta_hitoshi | 2012-06-16 06:38 | 女系天皇(主に高森さんへの問い)
②自らの旧説の否定の隠蔽(3)

「誓約」についての高森さんの旧説を紹介する前に、「皇祖神」と子孫について、高森さんが自明の前提にしてしまっている先入観と、それによってもたらされる罠について説明しておきたいと思います。
 その先入観は二つあります。

①皇祖神という場合、皇祖神と子孫との関係は、「直系」でなければならない。
②皇祖神と子孫との関係は、人間の血縁関係と同じものと考えなければならない。

 ①の「直系」思想で考えると、オシホミミノミコトが天照大神の生んだ子であるか、スサノオノミコトの生んだ子であるかというのは大問題です。「スサノオの命→天のオシホミミの命→皇室の血統」という直系で考えると、天照大神ではなくて、スサノオの命が皇室の祖先神になってしまうからです。
「オシホミミノミコトはスサノオノミコトが生んだ子だから人間の血縁関係に当てはめれば男系だ」と指摘すると、「天照大神が皇祖神であることを否定する議論だ」と大騒ぎするのもそのためです。

ところが、歴代天皇の中には、前天皇の直系でない方も多くおられます。それでも前天皇は現天皇の先祖ではないなどとは言われません。それは男系を遡れば、前天皇も現天皇も同一の天皇に行きつくからです。

同様に、天照大神もスサノオノミコトも一代遡ればイザナミノミコトの子ですから、同一の男性神に行きつきます。偏狭な「直系」信仰を捨てて、ひろやかな「男系」で俯瞰すれば、天照大神も、スサノオノミコトも、オシホミミノミコトも、同一の男系の血統に属するわけです。したがって、無理やりオシホミミノミコトを天照大神が生んだという物語の筋にする必要はないわけです。
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by nitta_hitoshi | 2012-06-13 20:22 | 女系天皇(主に高森さんへの問い)
②自らの旧説の否定の隠蔽(2)

今の高森さんの説明では、物実(ものざね)を理由として、天照大神とスサノオノミコトとの間で子供の交換が行われたのは、「皇室の祖先神イコール天照大神という捉え方が、古くから動かしがたいものとして定着していた」からということになっています。

これは、前にも指摘したように、大変不自然な説明です。「皇室の祖先神イコール天照大神という捉え方」から「オシホミミノミコトは天照大神の子である」という結論を導きたければ、「オシホミミノミコトは天照大神が生んだ」という物語の筋(ストーリー)にすればいいわけです。なぜ、そうしなかったのか。そう出来なかったのか。この矛盾を解消するように高森さんは説明しなければならないはずですが、何故か、スルーしています。

ところが、かつての高森さんの説は、このような矛盾がなく、しかも日本神話全体の流れを見通した素晴らしい説でした。
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by nitta_hitoshi | 2012-06-10 19:30 | 女系天皇(主に高森さんへの問い)
②自らの旧説の否定の隠蔽(1)

すでに何回も引用している『歴史で読み解く女性天皇』の中で、高森さん次のように書いています。
ストーリーの中では皇室の血統につながる天のオシホミミの命は、直接には天照大神の弟のスサノオの命が、天照大神の玉飾りを受けとり、それによって出現させたことになっている。」
物語の上では、男性神が祖先神となっても不思議ではない展開」
ストーリーの必要から、直接にはスサノオの命が天のオシホミミの命を現れさせる役割を担った」(75頁)

不思議なことに、これだけ短い文の中に3回も出てくる「ストーリー」「物語」が何を意味しているのかを高森さんは説明していません。それは、ストーリー(物語)の筋を説明してしまうと、自分が今書いていることと、かつて書いていたこととが矛盾していることを読者に教えてしまうことになるからです。
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by nitta_hitoshi | 2012-06-05 08:28 | 女系天皇(主に高森さんへの問い)
③容易に反駁できる粗雑な論理(2)

田中卓氏は「古事記の方が日本書紀より八年早く成立していることを考えると、女性優位時代の名残の一面が古事記に示されているのではないか」(『わしズム』30号34-35頁)と言われています。高森さんも「シナ男系主義の影響下で編修された『日本書紀』」(『歴史で読み解く女性天皇』152頁)と書いていますので、『古事記』には、女性優位時代の名残があるという田中氏の考えに賛成なのでしょう。

そこで、久しぶりに学者としての高森さんに質問です。

① 高森さんが言うように「皇室の祖先神イコール天照大神[女性神]という捉え方が、古くから動かしがたいものとして定着していた」とすれば、当然に『古事記』においてこそ天照大神は「皇祖」と書かれていなければなりません。ところが、実際には、「皇祖天照大神」という言葉が出てくるのは、『日本書紀』の方で、『古事記』には全くそういう言葉は出てきません。これはどうしたことでしょうか。

② 「皇祖神」などという抽象概念は、そんなに古いものではなく、むしろシナ思想の影響を受けてからのもの(あるいは、シナ人に対する説明用に付加された言葉や概念)なのではありませんか。
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by nitta_hitoshi | 2012-06-02 09:49 | 女系天皇(主に高森さんへの問い)
③容易に反駁できる粗雑な論理(1)

 天照大神とスサノオノミコトの「誓約」について、高森さんは新著『歴史で読み解く女性天皇』の中で次のように書いていました。

「面白いのは、ストーリーの中では皇室の血統につながる天のオシホミミの命は、直接には天照大神の弟のスサノオの命が、天照大神の玉飾りを受けとり、それによって出現させたことになっている。だから、そのままでは「スサノオの命→天のオシホミミの命→皇室の血統」となって、男性神のスサノオの命が皇室の祖先神になるところだ。
ところが、天のオシホミミの命は、天照大神の玉飾りから出現したからーとの理由で、天照大神の子と位置づけ直されている。物語の上では、男性神が祖先神となっても不思議ではない展開なのに、それをあえて変更して、わざわざ女性神に置き換えている。
これは何を意味するか。
皇室の祖先神イコール天照大神という捉え方が、古くから動かしがたいものとして定着していたということだ。ストーリーの必要から、直接にはスサノオの命が天のオシホミミの命を現れさせる役割を担ったとしても、結論は、天照大神を皇室の祖先神とする伝統的な観念から、逸脱するわけにはいかなかったのである。」(75頁)

この屁理屈に関しては、次のような反駁が可能です。

皇室の祖先神イコール天照大神という捉え方が、古くから動かしがたいものとして定着していたとすれば、天照大神が天のオシホミミの命を生んだという伝えが一つくらい記録されていてもおかしくない。ところが、そのような伝えは一つもなく、オシホミミの命は、天照大神の玉飾りから出現したからとの理由で、天照大神の子と位置づけ直されている。物実の交換という不自然な理由を持ち出さなければオシホミミの命を天照大神の子とすることができなかったのは、オシホミミの命はスサノオの命が生んだ子だという捉え方が古くから動かしがたいものとして定着していて、その伝統的な観念から逸脱するわけにはいかなかったのである。
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by nitta_hitoshi | 2012-05-29 20:47 | 女系天皇(主に高森さんへの問い)
高森さんの敗北宣言?脱歴史学者宣言?(5)

私は「女系天皇論の非論理性・歴史性・非倫理性(2)」で、私が考える学問的な議論の作法として次の三点を挙げました。

①他人の説や史料を引用する場合、自分の都合のよい部分だけを紹介して、都合の悪い部分は隠すという手法はとらない。また、少なくとも、依拠する史料については一通り全体に目を通し、調査・検討ないし研究してから主張を公表する。

②反論や反証を提出された場合には、どんなに答えにくい議論であっても、無視したりせずに誠実に答える。他人に代弁してもらうというような姑息な方法はとらない。

③結論(女系天皇の肯定)を同じくする人の議論であっても、見解が相違する部分については、その違いを認め、相異の理由を明確にする。

 高森さんの5月19日づけのブログは、他人の言葉として、答えやすそうなものだけ選んでお座なりに答え、「時間が勿体ない」として学問的な問いかけは無視するという残念なものでした。それが私には「脱歴史学者宣言」に見えました。

ただし、私は学問を装って非学問的な言説を駆使する人々の虚偽性を指摘することを時間の無駄だとは思いません。ですから、まだ高森さん批判は継続します。
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by nitta_hitoshi | 2012-05-27 23:56 | 女系天皇(主に高森さんへの問い)
高森さんの敗北宣言?脱歴史学者宣言?(4)

② 高森さんは「国民と女帝が結婚された時に、生まれたお子さまが、国民の間に姓の観念が根強く残っていれば、国民だった父親の元の姓を男系で受け継ぐように受け取られかねない、というのが問題の焦点」だといっています。

「問題の焦点」は、国民がどう「受け取るか」なのでしょうか。問題の焦点は、皇統維持の本質に照らしてどうなのか、皇室自身にとってどうなのか、なのではないでしょうか。そもそも、国民についていうなら、近代以前にとっくに「苗字」の観念に移行しており、明治4年の太政官布告は、その現実をただ追認しただけではないのでしょうか。
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by nitta_hitoshi | 2012-05-25 20:34 | 女系天皇(主に高森さんへの問い)
高森さんの敗北宣言?脱歴史学者宣言?(3)

高森さんは「ゴー宣言ネット道場」の5月19日づけの「ネット男系派の自爆」で次のようにも言っています。

「私は、男系限定の論拠になって来たシナ男系主義に由来する「姓」は、既に過去のものになった―として根拠に明治4年の太政官布告を挙げている。これに対し、その布告は国民を対象にしたもので、皇室には無関係、と騒いでいるそうな。「は?」と思わずのけ反ってしまう。このことを私に伝えてくれた人も、苦笑していた。
彼曰く、「もともと、皇室には姓がない。だから、姓を制度上、廃止する布告が国民を対象にしたものなのは当たり前。その国民と女帝が結婚された時に、生まれたお子さまが、国民の間に姓の観念が根強く残っていれば、国民だった父親の元の姓を男系で受け継ぐように受け取られかねない、というのが問題の焦点。なので、国民を対象とした布告だからこそ意味があるわけでしょう」と。」

この反論のおかしな点は3つです。

 すでに、これまで何回も指摘してきたことですが、高森さんは『正論』平成16年7月号で、皇位継承において男系主義が貫かれた大きな要因として、「『姓』の観念がひさしく維持されたこと」(144頁)を指摘して、次のように書いています。

「異姓の養子をむかえると、その養子自身は、妻の家名を苗字として名乗るものの、姓は父系によって継承されるため、養子をむかへた家の姓が逆に、その子の代から養子に入った男性の姓に変はつてしまふ。/もし女帝が立つて藤原氏の男性を婿養子にむかへると、皇室そのものが藤原姓になつてしまふのだ。したがって、『姓』の観念を前提としているかぎり、男系の断絶はそのまま皇統の断絶と考へられたはずだ」(同143頁)

 ①つまり、高森さんの旧説では、「姓」を消して、皇室に入っても、「姓の観念」は継続すると言っていたのです。

 ②高森さんの旧説では、皇室にはそもそも「姓」が無いのに、「姓の観念」はあったことになります。つまり、皇室について語る場合には、「姓」の有る無しと「姓の観念」の有る無しとは別問題ということです。したがって、「姓」が使用されなくなったことをもって、皇室において「姓の観念」が過去のもとのなったなどとは、自説に忠実であろうとする限り言えないわけです。
 ところが、高森さんは、「姓」と「姓の観念」をすり替えることで、読者を欺くとともに、自説との矛盾を隠蔽しようとしているわけです。
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by nitta_hitoshi | 2012-05-24 21:07 | 女系天皇(主に高森さんへの問い)