新田均のコラムブログです


by nitta_hitoshi
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一部の浄土真宗僧侶が靖国神社に反対するわけ

平成14年11月1日『やすくに』


1.「基幹運動」という反神道運動

 御存知のように、多くの政教訴訟に浄土真宗の僧侶が名をつらねている。その理由について、私は最近まで、「神祇不拝」という浄土真宗の教義を拡大解釈して、一部の僧侶が個人的に行っていることだと思っていた。ところが、調べてみると、本山の指令に基づく組織的な運動であるらしいことが分かってきた。浄土真宗西本願寺派(以下「西本願寺」)の資料に基づいて、その一部をご紹介したい。

 「西本願寺」の山陰教区基幹運動推進委員会が作成した『真宗門徒と自治会』という冊子がある。その冒頭には、次のように書かれている。
「神社中心の宗教社会のしくみは、村落支配の形は変わっても、本質的には古代から現代に至るまで一貫していると言わねばなりません。そこでは個人の自由や、人格が平等であるということを成立させることがとても難しい状況にあります。村々の神々の強い力のもとに縛り上げられていた人たちに、そこからの解放をうながし、一人ひとり平等な人格として、通じあい、尊敬し合うような精神を生み出していく、これこそが『信』によってひらかれた同朋世界でありましょう。『神祇不拝』を貫かれた、宗祖親鸞聖人のおこころに立とうという願いを持ち続け、現実のさまざまな問題に立ち向かっていくというのが、宗門の基幹運動の根本精神です。」

 ここを読むと、「西本願寺」は、神社を日本人の自由と平等をさまたげる原因とみなして、宗派をあげて「基幹運動」という名の反神道運動を展開しているらしいのである。それでは、「基幹運動」とは何なのか。驚いたことに、それは一面において、「西本願寺」内部の粛正運動でもあるようなのである。

2.「西本願寺」内部の神道派に対する闘争

 佐賀県鳥栖市において発生した神社祭典費と自治会費をめぐる訴訟については御存知の方も多いだろうが、簡単に言えば、大分県から転居してきた「西本願寺」の僧侶が、自治会が集めている自治会費に町内の天満神社の氏子費などが含まれていることを知り、政教分離の原則に反し、信教の自由を侵されているとして、訴訟に及んだものである。この問題を報じている『寺門興隆』(平成十二年七月号)という雑誌を見ると、この僧侶は区長に対して「信教の自由を認めない自治会からの区費徴収は、異教徒の私にとって毎月、踏み絵を試されているような精神的苦痛を強いられます」(一四頁)という手紙を書いていたとある。これを読んだ人は、おそらくみんな、これは神社氏子の横暴に対する真宗僧侶の異議申し立てであると思うことだろう。

 ところが、先の山陰教区の冊子には、意外にも次のように書かれているのだ。
「この地域の住民はほとんど真宗門徒です。もちろん当時の自治会長も真宗門徒でした。神社費、神道拒否をめぐって一人の真宗門徒が大多数の真宗門徒と『信教の自由』をめぐって対峙しているのです」(一二頁)。
「それは異質な二つの真宗信仰があるということです。一つは、神道をまるごと肯定、受容する真宗信仰。いま一つは、神道を否定し、その中から決別、離脱してゆく真宗信仰です。しかも、前者は圧倒的多数であり、後者はごく少数です。このように真宗が神道化しているきびしい状況のなかで、云々」(一五頁)。
「たしかに、私たちの教団全体を見渡しても前記の大多数の人々が共有している信仰が支配的なのは事実でしょう。しかし、そうかといって、少数の人々の真宗信仰が異端であり、間違いであるとは決して言えません。」(一九頁)

 つまり、鳥栖市の問題は、世間からは真宗信仰と神社信仰との対立のように見られているが、実は神社信仰を認める多数の真宗門徒と、それを認めない少数の真宗門徒の争いというのが実相であるらしい。そして、「基幹運動」というのは原理主義的な少数派の、多数派に対する反神道的粛正闘争という一面を持っているようなのである。(つづく)
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by nitta_hitoshi | 2007-10-02 19:12 | 雑誌