新田均のコラムブログです


by nitta_hitoshi
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加地伸行編著『日本は「神の国」ではないのですか』(小学館文庫)

(「?」平成12年9月?)


 「日本国、まさに天皇を中心としている神の国である」。この森喜朗首相の発言を捉えてマスコミは、総選挙を前に、森バッシングの大キャンペーンを展開し、これに野党も便乗した。そこには、国家の精神的根幹に関わる事柄を「政争の具」とすることに対する懸念は微塵も感じられなかった。このような事態を前にして、心ある知識人は、森発言擁護の論陣を張った。

その論攷を集めて緊急出版されたのが本書、加地伸行編『日本は「神の国」ではないのですか』(小学館文庫/本体四七六円)である。本書は三部で構成され、第一部は資料として森首相の「神の国」発言の全文、新聞による批判、森首相の参院本会議での釈明、野党による批判、森首相のマスコミに対する釈明会見などが載せられている。第二部には加地伸行氏、佐伯彰一氏、長谷川三千子氏、ペマ・ギャルポ氏、山口昌男氏の論攷が収められ、さらに第三部には、大原康男氏、坂本多加雄氏、中西輝政氏、西修氏、西部邁氏の論攷が収録されている。

 今日の日本を代表する錚々たる保守派論客が「天皇」と「日本の神々」とを中心テーマとして日本論・日本人論を展開している。このことだけでも画期的で、一読に値することは言うまでもないが、私の印象をごく簡単に述べれば次のようである。

日本の「神」は唯一絶対神ではなく、象徴天皇制度の下でも天皇は日本の中心であるとの考えは各論者に共通しているようだが、中には「戦前の神道=悪」「戦前の天皇制イデオロギー=悪」との先入観に未だにとらわれているのではないかと思われる論攷もないではない。そうした中にあって、戦争の勝敗と思想の評価とを切り離し、思想それ自体の内容を吟味するという観点から「皇国史観の再評価」を試みている長谷川氏の論攷の“益荒男ぶり”は出色である。

 また、“公議輿論によって国民の意思を決定し、それを天皇が確認することによって国家意思が形成されるという国柄は、幕末以来今日まで変化していない”と、坂本多加雄氏は論じている。これは従来の坂本氏の議論を要約したものではあるが、主張がいっそう明確化され、戦前との断絶を強調する憲法学界一般の思潮に対する大胆な挑戦であることが浮き彫りとなっている。

 さらに、対外的な孤立でも追随でもなく、独自の価値観と習慣を保守する決意のもとに、論争の文化を再生することを提唱している中西輝政氏の論文も、これからの日本人のあるべき基本的姿勢を示唆していて興味深い。
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by nitta_hitoshi | 2006-10-25 07:51 | 書評