新田均のコラムブログです


by nitta_hitoshi
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小林よしのり氏“公認”「ゴーマニスト」宣言(136)

◎これがゴーマニストの終わり方、劇的ではなく、情けなく終わる。

 『WiLL』平成23年1月号の「渡部昇一氏への最終回答」でも、また、小林さんは「知的老醜」を晒しています。彼の脳の状態は「前に自分で書いたことを忘れてしまう」段階から、「今、自分が書いたことを忘れてしまう」段階へと症状が進行してしまっているようです。

 『WiLL』同号206頁の1行目で「武烈天皇の姉妹は、男系・女系に関係なく、女子だから皇位を継げなかったのです。なぜか。その理由はまさに「シナ男系主義の影響」です。」と書いた2行下で、彼は次のように言っています。

「『日本書紀』の継体天皇条に、次のように書かれています。
「武烈天皇は五十七歳で、八年冬十二月八日におかくれになった。もとより男子も女子もなく、跡継ぎが絶えてしまうところであった」(講談社学術文庫・宇治谷孟訳、傍線わし)
 男子しか跡継になれないのであれば、「もとより男子なく」と書けば済むはずなのに、「男子も女子もなく」と書いています。これは、せめて女子一人でもいれば、女系でつなぐこともありえたという記述と推察されます」

 「男系・女系に関係なく、女子だから皇位を継げなかった」と言い切った直後に「せめて女子一人でもいれば、女系でつなぐこともありえた」と「推察」できてしまうのが、今の彼の「脳の状態」なのです。

○補足

 『国民新聞』10月25日号の「わしは『万策尽きれば女系も認める』という穏健的な男系論者の方々には敵意を感じてはいません。わし自身、以前はその意見だったからです。そしてなぜわしが転向したかというと、いろいろ調べてみて『もう万策は尽きている』と分かったからです。」との小林さんの発言は、何度も言いますが、驚くべき発言です。

 彼自身が「女系天皇容認」に「転向」した真の理由は「もう万策は尽きている」と思ったからだと告白しているわけですから、彼がこれまで唱えてきた女系天皇を正当化するために唱えてきた言説はすべて、「やけっぱち」から生まれた「屁理屈」(スカンク理論?)だったということになります。

 ということは、彼が『サピオ』平成22年10月20日号と11月10日号で、女帝の功績を並べたてて、女帝は単なる「中継ぎではない」と主張したのも、「やけっぱち」から生まれた「屁理屈」(スカンク理論?)だったことになります。
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by nitta_hitoshi | 2010-11-28 06:26 | 小林よしのりさん批判