新田均のコラムブログです


by nitta_hitoshi
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客観性と公平性を重んじるならば、福地の言っていることをそのまま読者に伝えた上で、それでもなお、何故、文久三年の上洛が決定的なのかを自分の言葉で説明しなければならない。隠蔽は証明ではなくて詐術だからである。
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# by nitta_hitoshi | 2013-07-15 09:06 | 英訳原文
 福地は文久二年をもっとも重視して、幕府が勅命にしたがったことが決定的だったと主張しているのである。ところが、ブリーン教授は、この部分を隠して、福地にとって波及的・二義的に過ぎない翌年の将軍上洛を、彼がもっとも重視していたかのよう見せかけてしまっているのである。
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# by nitta_hitoshi | 2013-07-13 10:03 | 英訳原文
「余は、徳川氏の幕府が天下を失いたるは、第十五世慶喜公の大政返上の時にあらずして、第十四世家茂公が文久二年の勅答の時にありしと云うものなり。ここにおいてか、幕府の衰亡は大いに長足を以てその気運を進めたり。」(一三八頁)
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# by nitta_hitoshi | 2013-07-13 09:36 | 英訳原文
「これによりてこれを観れば、幕府は当時の勅命に会して、真に徳川政府の実を存せんと欲せば、この要求を謝絶するの一策あるのみ。」(一三七頁)
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# by nitta_hitoshi | 2013-03-10 23:19 | 英訳原文
「幕府はすでに日本の実権たること、国政は旧に依って大樹に御委任と明言ありしにて明白なるが上に、実際二百余年間の中央政府なるに、外交の事は勅裁を仰ぐべし、諸大名を率いて上洛なして議定すべしと京都より差図せられ、遂に五大老を置け、一橋・越前を後見・総裁にせよとまで干渉せられては、幕府たるもの悪んぞ政府の実権を保つを得べけんや。これ、表面こそ顕われね、その実は幕府は政権を返上すべしと云うの要求に異ならざるなり。」(一三六頁)
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# by nitta_hitoshi | 2013-03-09 22:53 | 英訳原文
 ところが、事実は違う。福地が幕府の衰亡を決定的にしたとして重視したのは、文久二年六月、江戸に下向した勅使が突き付けた要求を幕府が受け入れて、一橋慶喜を将軍後見職に、松平慶永を政事総裁職に、それぞれ任命するとともに、将軍の上洛を決定したこと、一言で言えば、幕府が政治改革を求める勅命にしたがってしまったことだった。『幕府衰亡論』(東洋文庫、平凡社、昭和四二年)から、その部分を引用する。
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# by nitta_hitoshi | 2013-03-07 22:04 | 英訳原文
 これを読んだ者は、当時幕府の通弁を務め、後に『幕府衰亡論』を書いた福地源一郎は、将軍の上洛こそ、天皇と将軍と諸侯との権力関係の再編にとって決定的だったと主張していたのだと思うことだろう。
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# by nitta_hitoshi | 2013-02-26 00:03 | 英訳原文
「この二百三十年ぶりの上洛は、幕府にとってどう評価すべきかについて福地源一郎の言葉を借りてみる。それは『幕府衰亡の上洛』『降伏の上洛』『示弱の上洛』で、『往時は上洛を以て幕府の名実を益々鞏固ならしめ、今日は上洛を以て名実を併せ失うにいたれるも、また宜なるかな』と結論づけるのであった」(六六頁)。
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# by nitta_hitoshi | 2013-02-24 00:08 | 英訳原文
 この主張を証明するために、本章ではさまざまな根拠を挙げているが、その中心は、福地源一郎の言葉という歴史史料と、エドワード・シルスの「センター論」という理論である。
 ブリーン教授は、福地源一郎の言葉を次のように紹介している。
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# by nitta_hitoshi | 2013-02-23 00:05 | 英訳原文
 この章は、武田秀章著『維新期天皇祭祀の研究』に対するブリーン教授の書評(『神道宗教』第一八四・一八五号、平成一四年三月)で彼が主張したことを発展させたものである。先の書評において彼は、儀礼は「権力関係を上演するだけでなく、それらを形成し、生産する最大の契機である」(一二五頁)といい、「十四代将軍家茂が文久三年三月七日に参内し、天皇に拝謁して、天盃式にあずかった」謁見儀礼を「画期的」と評価し、「天皇と将軍と諸侯との権力関係がここで抜本的に再編されたことは明らか」(一二五頁)だと述べていた。
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# by nitta_hitoshi | 2013-02-22 00:23 | 英訳原文